お兄ちゃんは十歳で司令部を制圧しかけ、十五歳で他国軍と渡り合い、二十六歳で数多の功績を残して軍を退役した。まさにわたしの自慢の兄なのである。

その力からお兄ちゃんを「兵器」と呼ぶ者もいるが、わたしはその呼び名が好きではない。兄は機械などではなく、優しく厳しい、とても人間らしい人なのだ。

わたしはそんなお兄ちゃんが大好きだ。

「イリス。この仕事が終わったら、ニアの武勇伝聴かせてやろうか」

「! 聴きたい!」

いつものようにレヴィ兄が私を大総統補佐として働かせていたとき、そんな素晴らしい提案があった。わたしはお兄ちゃんがどんな活躍をしてきたのか、実は詳しく知らないのだ。一緒に軍で働いた時期もあったけれど、階級が違いすぎて同じ任務にはつけなかったし、そもそもわたしが入隊した頃には、お兄ちゃんはとっくに多くの軍人たちにとって「雲の上の人」だったのだ。

その一端でも知ることができるなら、願ってもないことだ。

わたしは自分にしては驚くべき速さで仕事を片付けると、レヴィ兄に話をねだった。少しもったいぶったあと、レヴィ兄はその物語を聞かせてくれた。

「あれはニアが大佐に昇進して、しばらくしてからだったかな。オレたちの班はとっくに解散していて、それぞれで部下を持って新しい班を立ち上げなくちゃならないってことになったんだ」

それは「人間」であり「上司」であった、ニア・インフェリアの物語。わたしが今まで知らなかった、「問題児集団インフェリア班」のはじまりの話。

 

それを決めたのは、他でもないルー兄ちゃんだったという。

「ニアに担当してほしいのは、このメンバー。どれも一度は名前を聞いたことがあると思う」

「……あるけど。全員何らかの問題行動を起こしてるからだよね?」

ルー兄ちゃんがお兄ちゃんに渡した新班の人員リストには、当時「問題児」と呼ばれていた面々の名前が連なっていた。町で喧嘩騒ぎを起こした者、訓練に参加せず勝手な行動をとっていた者、デスクワークには一切手をつけない者、他人と関わろうとせず任務中に許可なくその場を離脱した者……問題行動を挙げればきりがない人物ばかりだった。

わざわざそんな人物を選りすぐってお兄ちゃんに任せたルー兄ちゃんの考えは、わたしにはなんとなく想像がつく。かつてお父さんが、問題を抱える人間ばかりのグループを仕切っていたからだ。だからお兄ちゃんにもできるのではないかと思ったのだろう。

インフェリア家の人間の持つカリスマ性。これは時々わたしも耳にする話だけれど、どうもそういうものがあるらしい。わたしの同僚たちもわたしに対してそんなことを言うけれど、自分ではよくわからない。きっとお兄ちゃんも、自分自身では実感がなかっただろう。

「僕に扱いきれると思う? ただでさえ、見た目では軽く見られがちなのに……」

「実力は上の上なんだから、こっちから見せつけてやればいいじゃないか」

わたしから見ても、正直お兄ちゃんの外見は華奢で、背もそんなに高くない。お父さんから譲り受けた大剣を持てばそれなりに風格が出るのだけれど、普段はルー兄ちゃんやレヴィ兄の方が、見た目からしてインパクトが大きいので、その陰に隠れてしまっていた。

インフェリアの子のくせに「もやし」だ。それがお兄ちゃんの功績をよく知らない人からの、よくある第一印象だった。たとえ知っていても、お兄ちゃんを見た瞬間にその事実を疑ってしまうのだ。

わたしには十分かっこいいお兄ちゃんなのに、それをわかってくれる人は少なかった。

そして案の定、お兄ちゃんはその新しい班の人員になめられることになったらしい。

「こんな弱そうなのがリーダーとか、ありえねぇんだけど」

かたちだけでも結成された班の、メンバーからの第一声はこれだった。しかも彼らは、まるでお兄ちゃんのいうことを聞く気なんかなかった。

その場にわたしがいたら全員シメてるのに! と思ったけれど、当時のわたしは入隊したてのヒヨッコだったし、たとえ彼らに勝てる実力があったとしても、そんなことをすればお兄ちゃんが許してくれない。今だって、わたしが暴れると叱るのだから。

「こんな見た目だけど、階級は君たちより上だ。だから僕の最低限の指示には従ってほしい」

もちろんのこと、お兄ちゃんはそう言い返したそうだ。でも、問題児たちが簡単に「はいわかりました」なんて大人しくなるはずはなかった。

お兄ちゃんが班を持ってしばらくは、彼らは勝手な行動を繰り返していた。器物損壊など他人に迷惑をかけるようなことがあればお詫び行脚をし、お兄ちゃんの名前で責任をとった。彼らはそれをいいことに、さらに問題を起こし続けた。始末書を作ることすらしない。たとえきちんと作っていたとしても、追いつかないほどだったそうだ。

「どうしたら僕の話を聞いてくれるんだろうね」

当時、お兄ちゃんは何度もルー兄ちゃんやレヴィ兄に相談したらしい。果ては、外国にいるダイさんにまで。けれども毎回、結論は同じだったという。

「ニアが実力を見せてやればいい」

ただ、それだけ。お兄ちゃんは自分の実力に限界を感じていたから相談したのに、周囲は「まだニアは本気じゃない」と信じていたのだ。

あとでこの話を聞いているわたしだけれど、わたしも多くの人と同意見だった。このときのお兄ちゃんは、まだ本気じゃない。彼ら一人一人と地道に向き合う方法を探るあまり、下手に出ていたのだと思う。

本来の、現在のわたしがよく知るニア・インフェリアは、そんな人間じゃない。もっともっと、したたかだ。

状況を変えたのは、まさにお兄ちゃんがその実力を見せつけたときだった。

班がまとまらないまま、お兄ちゃんはある事件を担当することとなる。それはよくある突撃で、班員たちも「とりあえず邪魔な奴をぶっ潰せばいいんだろ」くらいにしか考えていなかった。

しかし、まとまりのないままで取り組むには、それは危険すぎる任務だったのだ。

力自慢の者には、初めての力で敵わない相手。小賢しい者には、初めて頭脳で敵わない相手。逃げだそうとする者には、初めてその道を絶つ相手。「邪魔な奴」は、彼らにとっての天敵ともいえる存在だったのだ。

それらを全てねじ伏せ、彼らを救ったのは、これまで彼らが完全に侮っていた人物。班を率いるニア・インフェリア大佐だった。

きっとそれは圧巻の光景だったはずだ。大剣を手に、幾人もの強力な敵を薙ぎ払う青い獅子。深海の色の瞳に捉えられた者は、身動きができなくなる。おまけに班が機能した時としなかった時、一人でどれくらいの人数を抑えられるかなど、経験に基づいた緻密な作戦が幾重にも練られていた。頭脳も、戦いの技術も、ニア・インフェリアはまさに「上の上」だったのだ。

任務が終わった後、お兄ちゃんは班員に告げた。

「何も考えずに好き勝手やっていたらどうなるか、これでわかったんじゃないのかな。君たちはまだ子供だ。判断は甘い、攻撃力もない、まったくの力不足だ。軍人という肩書だけに頼った、弱い弱い人間だ。でも、君たちが強くなれる要素はちゃんとある。そのために学べ。僕が叩き込んでやる」

そのときの迫力は、想像するだけでもぞっとする。暗青の髪を風になびかせ、深海の瞳で睨まれたら、ましてその真の実力を十分に見せつけられたあとなら、誰だって「この人には勝てない」と思う。

わたしも未だに、お兄ちゃんに勝てないのだ。その目の力に、纏う気迫に、「超えられない」と覚ってしまう。

彼らもきっとそうだった。だから以降はおとなしくなったのだ。そしてお兄ちゃんは、突然、鬼のように厳しくなったのだ。

お兄ちゃんもまた、その任務を通じて、彼らには経験させることで軍人としての意識を叩き込まなければいけないと感じたのだろう。

 

「……で、ニアが将官になるころには、インフェリア班は確実な仕事をする最強の班になっていた。もともと腕っぷしや頭の良さには自信のある奴らだったから、意識さえ変えれば、軍人としてきちんと働けたんだ」

レヴィ兄はそう締めくくった。ああ、まさに「武勇伝」だ。実にお兄ちゃんらしい話だった。お兄ちゃんは機械ではなく人間だから、自分の力で成長することができるし、誰かを成長させることだってできるのだ。

「お兄ちゃんはやっぱりかっこいいなあ。リーダーなんて、わたしもいつかやってみたい!」

「そのうちやらせてやるよ。まずはルイゼンの階級が順調に上がってからな」

「やっぱりすぐには無理か……」

そしてこれは、ニア・インフェリアの持つ数々の武勇の一端に過ぎないのだ。もっともっと、お兄ちゃんがその力を発揮してきた場面はあったはずだ。だって、あんなに退役を惜しまれたんだから。

「だからさ、イリスもただやみくもに暴れてちゃダメだぞ。ちゃんとニアみたいに計算しないとな」

「計算が苦手なレヴィ兄に言われたくないなあ」

お兄ちゃんは、わたしの目標であり、いつか超えるべき人物であるとも思っている。そのために必要なのは、武勇を積むことじゃなく、わたしがわたしらしくいること。わたしが自分の力を理解して、上手に使えるようになることが大事だ。いつかお兄ちゃんが、そう言っていた。

わたし、負けないからね、お兄ちゃん。年齢では絶対に追いつけないけれど、力では追い抜いてみせるから。

「良い話も終わったし、そろそろニアのとこ行くか。イリス、プレゼント用意してるんだろ?」

「もちろん! 大好きなお兄ちゃんの誕生日だもの」

とりあえず、これから行くね。そして、この世に生まれたことを思いっきりお祝いしてあげる。わたしのおにいちゃんでいてくれてありがとうって、早く伝えたいんだ。