人間は死地に追い込まれたとき、一瞬にして物事の本質を悟ることがある。
例えば、それまで自分がいかに恵まれていたか。愛されていて、それゆえに無力であったのだということを思い知らされ、生きるためには強くならなければならないという結論に達する。
問題は、それを悟った上で生き延びられるかということだ。いくら答えに辿り着いたところで、そのまま死んでしまえば意味がない。
オレは生き、その先の道を選んだ。さらに死地に立たされ、生き延びていけば、もっと何かがわかる気がして。
この国で「裏社会」と呼ばれる闇の世界に属し、常に生きるか死ぬかの瀬戸際にありつづけることで、オレは「本当の自由」を探し求めていた。

裏組織の上の奴らの下っ端として働き始めて、もう随分になる。下っ端とはいえ、危険薬物の運搬に関わったり、敵地の偵察をしたりして、そこそこには忙しい日々を送っている。
死にそうになったこともそれなりにあるが、これまでなんとか切り抜けてきた。オレは自分で思っている以上に運が良かったのだと、また一つ悟る。
軍の奴らに捕まりそうになったことも何度かあったが、いつもオレだけは助かっていた。尉官階級くらいの人間となら、闘いになっても渡り合える自信がある。
だが、そうして刺激ばかりを得ていても、次第にそれに慣れて飽きるらしい。ちょっとやそっとのことでは動じなくなったオレは、より危険の伴う仕事を引き受けるようになっていた。
死地に近くなればなるほど、この世のことがわかる。そのはずなのだから、とにかく自分を追い込んで、その上で生還する。死と隣り合わせの状況こそが、オレの求める自由の意味につながるのだ。
そう思って受けた今回の仕事は、危険薬物取引。相手方と取引額で揉めているらしいから、抗争になるかもしれない。オレもナイフを数本携えて、その場所に向かった。そこで繰り広げられる生と死のせめぎ合いは、オレに何かを与えてくれるだろうか。
そう期待してやってきたその場所は、何かの倉庫跡だった。今にも殺し合いが始まりそうな、ピリピリした空気が肌を刺す。やはり揉めているという話は本当だったらしい。念のためナイフに手をかけながら、オレはリーダーが取引を進めるのを見守っていた。
「指定の額は持ってきただろうな」
「やはりあれでは割に合わない。そちらが用意した分量で決める」
「それでは話が違う!」
一触即発。すぐに闘いに出られるよう、オレはナイフをホルダーから抜いた。
と、その時だった。
「全員、武器を捨てて伏せろ!」
暗い倉庫内が、突然眩しく照らされた。相手かこちらか、どちらかはわからないがへまをしていたらしい。軍に取引現場を抑えられ、完全に取り囲まれていた。
とはいえこちらもおとなしく従いはしない。武器は捨てるどころか構えて、弱そうな軍人に当たりをつけて向かっていく。強行突破だ。
オレはそれができる自信があった。今までもそうだったし、なにより一番近くにいた軍人が、体格の小さな、子供そのものだったからだ。こんな奴を連れてくるなんて、今日はよほど人手が足りなかったんだろうか。
「退け!」
ナイフを振り上げ、子供に向かっていく。こいつを突破しても、向こう側にまだ軍人がいるようだった。死地には足りないが、そこそこの刺激は得られるだろう。そうしてオレはまた生き延びてやる。
そう、そのつもりだった。一瞬にして天と地が逆転するまでは。
転ばされたのだと判断できたときには、顔の真横に何かが突き立てられていた。ライトに照らされて輝くそれは、大きな刃物。ぎょっとするオレに、子供らしい高い声が降ってきた。
「大人しくしてください。逃げようとしても、無駄ですから」
子供なのに、オレよりずっと小さいのに、なぜか抗えない。オレは初めて勝負に負けた。しかも、こんな子供に。信じられなかったが、どうも、そういうことらしかった。

エルニーニャ王国首都レジーナにある、中央拘置所。オレが今いる場所はそういう名前なのだと、目の前にいる線の細い男が告げた。同時に男自身の名前も聞いたが、長いし興味がないのですぐに忘れた。
「君はまだ若い。裏組織の傘下にいたのも、何かわけがあるんだろう」
男はつとめて穏やかにそう言った。だが、オレに応える気はない。
「わけなんかない」
「いや、きっとあるはずだよ。きっかけは……そうだな、君がご両親を喪ったとか」
「!」
応える気はなかったが、オレの「きっかけ」を言い当てたことには驚いた。いや、よくあることを言っただけだろう。親なし子の行きつく先は、この国では施設か軍か裏社会だと相場が決まっている。それを逆にたどっただけだ。
しかし男は、さらに言葉を継いだ。
「君は、もとは裕福な家の子だったんじゃないか? 多分、貴族家だろう。裏組織にいたにしては行儀がいい座り方をしている。幼い頃から躾けられてきたんだろうね」
当たりだ。さっきのようなまぐれ当たりみたいなもんじゃない。この男は、まるでオレの素性を知っているかのように言ったのだ。まさか、名前まで知られてはいないだろうな。
警戒したオレに、男はやはり穏やかに続ける。
「私は君のような子を何人も見ているから、観察していればなんとなく推理できるんだ。その様子を見ると、当たっていたかな」
……わかったところでどうなるんだよ。今更、良い子になれって? もう遅いよ。オレがどれだけ悪事を働いてきたと思ってる」
投げやりに言い返すと、男は少し考えたふうをみせ、それから「そんなに」と口にした。
「君は君が思っているほど、悪に染まってはいないと思うよ。更生は十分に可能だし、私は君の心をほぐしてくれるだろう人を知っている」
「何も知らないくせに、勝手なことを」
「そうだね、勝手だ。君がそう感じたのなら、そうだろう。でもね、これを私が『考えの自由だ』と主張したら?」
何を馬鹿なことを。こんなのは自由じゃない。オレが求めていたものとは違う。人を型に当てはめることが自由なのか。振り分けられた奴の自由はどうなる。
……オレは、これからどうなる」
「これまで『勝手』をしてきたことを、反省してもらうよ。この国にはこの国のルールがある。それを無視して自由を主張することはできない」
男はまっすぐにオレの目を見て、そう言った。

それから眠って、起こされて、時間もわからないままに支度をさせられた。そうして看守らしき奴に連れてこられた場所は、面会室のようだった。オレに会う人間なんて誰もいないだろうに、どうしてこんなところへ。
納得できないでいると、部屋に人が入ってきた。一人は暗い青色の髪の大柄な男で、もう一人は赤紫色の髪の子供だった。――そう、子供だ。オレを転ばせ見下ろした、あの小さな子供だった。二人とも揃いの服――この国の軍服を着ている。
「やあ、少年。俺とははじめましてだな」
青髪の男が、やけに明るく笑いながら言った。それからその隣の赤紫の髪の子供が、ぺこりと頭を下げて続いた。
「こんにちは。……ええと、ボクとははじめましてじゃないですよね。昨日の夜、ボクがあなたを捕まえました」
改めて見ると、こんなガキに捕まったのかと、自分が情けなくなる。だってそいつは、男の軍服を着ているのに女の子みたいな顔をして、青紫色の瞳をくりくりさせて、こっちを見ていたんだから。それなのに台詞は「ボクがあなたを捕まえました」だ。間違いなくこいつは、あの子供だったのだ。
オレが言葉を失っている間に、男と子供はオレの正面に並んで座り、何かがびっしり書いてある書類と、全くの白紙と、筆記用具を広げ始めた。これが軍の聴取だか尋問だかいうやつか。だとすれば、この二人はまあまあ偉い人間なんだろう。片方はとてもそうは見えないけれど。
「まず、自己紹介からしようか。俺はエルニーニャ王国軍中央司令部大佐、カスケード・インフェリアだ。それからこっちが」
青髪の男から話し始めて、子供に続きを言うよう促す。子供は緊張しているような、少し震えた声で従った。
「えと、同じく軍曹の、ハル・スティーナです。こういう席は初めてなので、どうぞよろしくお願いします」
「ハル、もっと威厳。未来の大総統の第一歩だぞ、しっかりな」
「あ、すみません、カスケードさん」
なんなんだ、この茶番は。だいたい、この子供が未来の大総統? このカスケードとかいう大佐も、ふざけたことを言うものだ。
……
だが、このハルという子供がオレを捕まえたのは事実なのだ。それは、悔しいが、認めなくてはならない。
「で、君の名前は?」
……どうだっていいだろ、そんなの」
大佐の男が突然こちらへ話を振ってくる。が、応える気はない。オレが顔を逸らすと、今度は子供軍曹があわてたように言った。
「そ、それじゃ困るんです。ええと、あなたの話を元に調書を書かなくちゃいけなくて、それがあなたの今後を決める大事な資料になるんですよ」
「うるさい。オレは何も話す気なんかない。どうせもう自由になんかなれないんだ、今後なんかどうでもいい」
言い捨ててから、ちらりと子供軍曹を見る。苛立たしいくらいに困った顔をしていた。ああ、こんな奴に捕まったと思いたくない。
オレが黙っていると、大佐が子供軍曹の肩をぽんぽんと叩きながら、軽い調子で言いはなった。
「じゃあ、名前はいいや。モンテスキューさんから話は聞いてるし、今はない貴族家で行方不明になった子供がいないか調べて、当たりをつけてみようじゃないか。それまで君のことは、仮にブロンド君と呼ぼう。きれいなブロンドの髪してるからな」
……はあ?」
勝手に格好悪い名前をつけられてしまった。心外だが、本名を知られるよりはいい。大佐サマの好きなようにさせることにして、オレは引き続き無視をしようと決めた。
「それじゃブロンド君。これからいくつか質問をするから、答えたいと思ったものだけでいい、何らかの返事をくれ。じゃないとハル……スティーナ軍曹が、書類を作れず困ることになる」
知るか、そんなこと。
「お願いします。これクリアできないと、ボク、あなたのこと助けられなくなるので」
助けてほしいなんて頼んだ覚えはない。勝負に負けた時点で、いっそ殺してほしかった。自由を奪われて無様に生きるくらいなら、あの巨大な刃物で切り刻んでほしかった。
何も答えずにいると、話は勝手に進められた。質問をするといった大佐ではなく、子供軍曹によって。
「ええと、ブロンドさん」
アンタもそれで呼ぶのかよ。
「今回の、組織の目的は何でしたか?」
言う必要はない。どうせオレ以外にも捕まっているんだから、そこから情報を得られるだろう。口の軽い奴なら教えてくれるんじゃないか。生憎、オレはそうではない。
「あなたの役割は、何でしたか?」
「あなたのほかに、何人の人が関わっていますか?」
「あなたは、――
間をあけながら、質問は続けられる。その一切を聞かなかったことにして、オレはこの場をやり過ごそうとした。それでも子供軍曹は、めげずに話を続けていた。子供のくせに、いや、子供だから諦めが悪いのか。
けれどもしばらくすると質問が尽きたようで、さすがの子供軍曹も黙ってしまった。もうそろそろこの面倒な時間も終わるだろう。大佐が時計を見ている。この後の予定とかがあるのかもしれない。なにしろ市民のために働く軍人なのだから、仕事はたくさんあるだろう。
「ハル。俺、ちょっと席外す。すぐ戻るから」
「あ、はい」
やはり忙しいのだ。大佐は席をたって、外に出てしまった。そのまま帰ってくれていいのに。子供軍曹もさっさと出ていったらどうなんだ。面倒になったオレは、つい大きく息を吐いてしまった。
すると子供軍曹が、なぜか困ったように笑ってこちらを見た。
「もしかして、カスケードさん……じゃなくて、大佐がいたから緊張してました? 大丈夫ですよ、あの人、見た目の通り怖い人じゃないので」
「は?」
突然何を言いだすんだ。しかも、見当違いもいいところ。こっちは全然緊張なんかしていなかったし、むしろそれは。
「それ、そっちだろ。さっきからプルプル震えて、犬か何かかよ」
つい、喋ってしまった。ずっと気になっていたのだ。こういう場が初めてだと言っていたが、それにしても震えすぎだろう。子供のくせに無理をするからこうなるんだ。あの大佐はいったい何を考えている?
などと思いながら顔をしかめてみせると、なぜか子供軍曹は嬉しそうに笑いだした。
「な、なんだよ。気でも狂ったか?」
「違いますよ。……やっと喋ってくれたのが、嬉しくて」
なんだ、それ。全然関係ないことを話されて、嬉しいのか。調書だかを書かなきゃいけないんじゃなかったのかよ。捕まったときのことといい、こいつは本当にわからない。
しかも、続けてこんなことを言いだした。
「さっきはボクが質問攻めにしちゃったので、そっちから何かあればどうぞ。答えられることは答えますから」
これは、軍による聴取というものではなかったか。こっちがアンタに質問して、どうなるというんだ。それとも子供で、聴取は初めてだから、やり方をわかっていないのか。いや、それはないだろう。じゃあ、上司がいなくなったから、好き勝手にし始めたのか。これならわからなくもない。緊張が解けて、雑談をしたくなったといったところか。
まあいい。こっちのことを根掘り葉掘り訊かれるよりは随分マシだ。子供軍曹の遊びに、少しくらいなら付き合ってやらなくもない。
「アンタ、歳は? 軍ってたしか、十歳から入れるんだろ。十一、二ってとこか」
口にしてみて、自分の言っていることがおかしいことに気づく。入隊一年か二年で軍曹? いや、伍長入隊ならありえない話ではないはずだ。それに、オレを捕まえたときのあの強さ。只者ではないと思う。……見た目からは、想像できないが。
ところが子供軍曹は、ムッとして返事をした。
「十五です。……たしかに、ボクは小さいけど……
「え、十五歳? オレと一つしかかわらないのか」
なんと子供軍曹は、思っていたほど子供ではなかった。背が低くて童顔なだけで、十六歳のオレとさほどかわらなかったのだ。膨れた顔は、どう見ても子供なのに。
「それから、ボク、『アンタ』なんて名前じゃないです。ハル・スティーナってちゃんとした名前があるんですよ」
おまけに、「アンタ」呼ばわりされたことが不満だったらしい。人のことは「ブロンドさん」なんて酷くテキトーな呼び方をしているくせに。
……じゃあ、ハル。本当にオレを捕まえたのは、ハルなのか? そんななりでオレを転ばせるなんて、とてもじゃないけど信じられない」
名前を呼び直して、次の疑問を投げかける。するとハルはあっさりと頷き、答えた。
「間違いなくボクです。転ばせたっていうか、投げ飛ばしちゃったんですけど。おまけに大鎌を床に突き立てて、ちょっと脅しちゃいました。ごめんなさい」
投げた疑問は受け止められた後、変化球で返ってきた。思わず身を乗りだしたオレに、ハルは「わっ」と声をあげる。
「投げ飛ばした? オレを? しかも大鎌が、何だって?」
「だから、そのまんまです。……あの、ボク、人よりちょっと力持ちみたいで。大きいものとか、重いものとか、結構平気なんですよ。さっきここにいたカスケードさんも、大きいので持ち上げるのは難しいですけど、簡単に引きずることができます」
えっへん、とハルは胸を張る。おいおい、かなりでかい部類だったぞ、あの大佐。それが嘘や誇張ではないのだとしたら、こいつに向かっていった時点でオレの選択は間違っていたということになる。悔やむべきはハルに捕まったことではなく、それ以前、ハルなら簡単に倒せるだろうと思った自分の思考だった。
……強いんだな、ハル」
「自慢じゃないけど、強いつもりです。力だけは」
いや、根性も相当なものだろう。さっきは震えていたが、質問をやめなかったし。今はオレに笑いかけながら話しているし。いつのまにか、オレはハルを認めつつあった。
「でも、力だけ強くても、どうにもならないことのほうが多いんです。ボクは見た目が弱そうだし、班でも階級が下のほうだから、いつもみんなに甘えてしまって。せめてブロンドさんみたいにかっこよかったらなあって思います」
「かっこいい? オレが?」
「はい。ブロンドの髪も、宝石みたいな緑の眼も、かっこいいです」
にっこりとして言われると、さすがのオレも照れくさい。ハルから目を逸らしてみても、頬が熱くてたまらなかった。だからそれをごまかすように、話を逸らす。
「かっこいいかどうかは別として、オレは強くなりたかった。強くないと何も守れない。人も、自分の自由も、何も。オレを押さえつける奴らを振り切って、炎の中に飛び込めたら。それくらい強かったら……
そこまで言って、ハッとして口を噤んだ。オレは今、何を話そうとしていた? 余計なことを話してしまったのではないか。悪いことに、ハルはその話をしっかりと聞いていた。
「ブロンドさん、何かを守りたかったんですか?」
青紫色の、それこそ宝石みたいな目が、まっすぐにこちらを見ている。捕まったときのような、なぜか抗えない圧力を感じて、オレは黙り続けることができなかった。
……昔、両親が死んだ。家で働いていた使用人も。家を焼かれて、みんないなくなった」
あの日。一人隠れ、こっそり逃げ出したオレを残して、家族と使用人は皆殺しにされた。
うちはよくある貴族家だった。親は厳しかったし、オレに跡を継がせようと躍起になっていて、正直なところ鬱陶しかった。貴族家なんかに生まれるもんじゃないと心から思っていたし、敷かれたレールの上を歩くだけの自由のない人生なんかまっぴらだった。
けれども家が襲われたあの日、オレの「用意されていた人生」は覆されたのだった。それまでさんざんオレを貴族家に縛りつけていた親は、最期の際になって、こう言った。
「あなたはあなたの好きなように生きなさい」
そうしてオレだけを隠れさせ、外に逃がし、生き延びさせた。爆発し炎上する家を外から見ていたオレは、軍の人間にその場から引き離された。その手を拒むことはできなかった。無力だったから。強くなかったから。
そのときになって悟ったのだ。両親はまがりなりにもオレを愛してくれていたのだと。そしてその愛ゆえに、オレは力なきまま育ってしまったのだと。
そんなふうにして、突然預けられた「自由な人生」を、オレはどう扱っていいのかわからなかった。ただ、もう一度自分を追いこめば、何かが見えるんじゃないかと思うようになった。
「だから、オレは自分を死地に置くために、強さを得るために、裏社会で生きようと思った。常に危険が伴い、いつ死が訪れるかもわからない極限状態でなら、自由の意味を悟れるんじゃないかと思い続けてきた。そうすれば、親から託された自分の自由だけでも守れるんじゃないかって……
気が付けば、オレは全てハルに話してしまっていた。一旦喋りだすと、止まらなかった。自分がこんなに、自分自身のことを人に話すなんて、機会がなかったから知らなかった。
……そっか。ブロンドさんは、守りたいものがたくさんあったんですね」
ハルは、凪いだ笑顔を浮かべて、オレの話を聞いていた。さっきまで子供だと思っていたのに、今はまるで、全てを包み込むように――母の最期のように、微笑んでいた。
「それならやっぱり、ボクはブロンドさんを助けたいです。それがどんなかたちであれ、何かを守りたいって気持ちは、ボクら軍人も持ってるものです。原動力です。……あなたのしたことは、この国のルールでは許されないことだから、相応の罰を受けなくちゃならない。でもそれが終わったら、ブロンドさんはきっとこの国のルールの上で、ちゃんと自由を得られると思うんです。死にそうな目になんて遭わなくても、ブロンドさん自身の自由の意味を、ちゃんと見つけられるはずだと、ボクは思います」
話してしまったことへの後悔はなかった。清々しささえ覚えていた。ハルが受け止めてくれたからだろうか。オレが自由の意味を見つけられると、言ってくれたからだろうか。
「できると、思うか?」
「できますよ。……ボク、ちゃんと自由になれた人を知ってますから。確信を持って言えます」
「じゃあ、その、……オレが助かるために、さっき訊かれたことに答えたほうがいいのか?」
「話してくれるなら」
ハルはにっこりと頷いて、手元の白紙、いや、さっきまで白紙だったはずの、大量に字が書きこまれた紙を捲って、新しい白紙を出した。なるほど、「未来の大総統」か。侮れないな。
「それでは、ブロンドさんの本名からお願いします。そろそろちゃんとした名前で呼ばせてほしいので」
「オレの名前は――

*
 * *

ハルが聴取を終えたところで、カスケードは面会室に戻ってきた。すぐに戻る、というのは、嘘を吐いたつもりではなかったのだが、相手があまりにハルに対して打ち解けているようだったので、少し任せてみることにしたのだった。
拘置所を出たところで、ハルはカスケードに「遅いですよ」と文句を言ったが、機嫌を損ねてはいないようだった。むしろ彼と話ができて、嬉しかったようだ。
「アーレイドとそっくりだったもんな、あいつ」
「そうなんです。見た目も経歴もよく似てました。軍に行くか、裏社会に行くかという選択の違いだけで、考え方も一緒で。……だから、絶対に助けたいなって思ったんです」
ハルの相方であるアーレイドが両親を喪った頃、同じやり口で貴族家が襲撃される事件が立て続けに起こっていた。彼もまた、その被害者の一人だったのだ。名前がわかったことで、過去に彼が巻き込まれた事件のこともすぐに調べることができた。余罪は多いが、情状酌量の余地もありそうだ。
「しばらくは不自由かもしれません。でも、これからはきっと良い方向を自分で選んで、進めると思います。アーレイドがそうだったんだから、間違いないです」
笑顔で言いきったハルの頭を、カスケードがくしゃくしゃと撫でる。と、ちょうどそこへハルを呼ぶ声がした。自分で捕まえた人物を自分で聴取したいと言ったハルを、やはり心配していたのだろう。わざわざ仕事を抜け出して、アーレイドはここまで迎えに来たらしい。
「ハル、大丈夫だったか? 相手の奴、乱暴にしたり……
「しないよ。捕まえたときから、そんな感じしなかったもん。アーレイド、ボクの後ろで見てたのにわからなかった?」
焦るアーレイドに、ハルは余裕の笑みで言う。それから、「あのね」と切り出した。
「アーレイドは、もう大丈夫だよね」
「何がだ?」
「わざと危ないことしようとしたり、死んじゃうかもしれないようなことしたり、しないよね」
突然の言葉に、アーレイドは面食らう。だが、すぐに笑顔で返事をした。
「自分からそうしようとは思わない。それで本当に死んだら、ハルと一緒にいられないだろ」
「そうだよ。ボクが大総統になったとき、それからそのずっと先も、アーレイドが傍にいてくれなきゃいやだからね!」
勢いよく抱きついてきたハルを、アーレイドは思い切り抱きしめ返す。そんな二人を見ていたら、カスケードも安心した。ハルの確信は、きっと現実になる。他でもないハル自身が、現実にするのだろう。
「お二人、俺は置いてけぼりか?」
「いいじゃないですか。カスケードさんが『遅くなるかも』って電話してきたとき、こっちはハラハラしてたんですから」
「もしかしてアーレイド、ボクのこと気にしすぎて追いだされてきたの?」
「いや、まあ……迎えに行きたいって言ったら、あっさり送りだされたけど」
二人は、そしてハルと出会えた彼も、これから先の道を自分で悩みながら選び、より良いほうを目指していくのだろう。それは誰かに従うだけの人生じゃなく、自由を掴みとっていく、彼ら自身の人生だ。