エルニーニャ王国で発行されている主要新聞には、週一のコラムとして「大総統インタビュー」がある。大総統に取材をし、小さな記事にするというものなのだが、特に真面目なものというわけではない。むしろ国民に、大総統という存在をより近く感じてもらうために、俗っぽい話題のほうが多い。
今日の見出しは、「大総統閣下の好みのタイプは『家庭的な女性』!」というものだった。イリスは寮の掲示板でそれを見て、鼻で笑った。――このコラムはあまりに俗っぽくて、しばしば事実とは異なることを前面に押し出すことがある。
そんなときは、大総統室に行った時に、笑い話にしてしまう。
「レヴィ兄。今日のコラムの見出し、絶対嘘でしょ」
一応は大総統補佐見習いという肩書を背負っている、というよりは背負わされたイリスは、頻繁に大総統室へ呼び出される。大事な仕事のときもあれば、本当にくだらない用事だったりもするのだが、大抵は雑談の時間が設けられる。
「今日のコラム? ……ああ、好みのタイプとかいうやつか」
大総統レヴィアンス・ゼウスァート――この椅子に座っているときはそう名乗ることになっている――は、コラムの話題になると苦笑しながら応じる。
「あの取材のとき、ちょうど腹減ってたんだよな。それで『料理とか作ってくれる人って良いですね』みたいなことを言ったら、ああいう見出しになった」
「やっぱり。レヴィ兄があんなこと言うはずないと思ったんだ」
記事の真偽はともかく、国民に大総統も人の子なのだと知ってもらうことが目的の記事だ。興味を引くような見出しであればいいのだろう。だが、これは新聞だ。当然のことながらそれを真に受ける人もいる。
「でもさ、良かったんじゃない。これで家庭的なお嫁さん候補、いっぱい出てくるよ」
「自称、だろ。まだ結婚する気ないし、来られても困るんだけどな。……ていうか、イリス、妬いてくんないの?」
「なんで妬く必要があるのよ。わたしはお兄ちゃん一筋だもん」
「うわ、ぶれないブラコン」
以前も似たような、けれども別のタイプをあげられて「大総統の好みはこんな人!」とやられたことがあった。そのときも「我こそは」と立候補してくる女性が次々に中央司令部を訪れ、レヴィアンスを困らせていた。今回もきっと来るのだろう。
イリスはただ、業務の邪魔にだけはなってくれるなと思っている。レヴィアンスと、というよりは大総統と結婚したい女性が何人いようとかまわないが、仕事に支障をきたすような人は勘弁願いたい。
「……実際さ、オレは家庭的な人より、自分のやるべきことに全力で取り組むような子が好みなんだよな。それこそイリスみたいな」
「ばかなこと言ってないで仕事してね、大総統閣下」
「まあ、本命はやっぱりニアだけどね!」
「好みどころかライバルじゃん。お兄ちゃんはわたしのですー」
軽口を叩きながら、しかし、イリスは思うのだ。地位とか、好みとか、そういう事は関係なく、自然体のレヴィアンスは十分魅力的だと。昔から見てきたから、よくわかる。だからもしも誰かと結ばれることがあるなら、本当のレヴィアンスをわかってくれる人がいい。
妹分としては、兄貴分の幸せが第一なのだから。
「コラムも、エスカレートしてきたら担当変えてもらわなきゃな。いつも真面目な記事のほうの記者じゃダメなんだろうか」
「エトナさん? そうだね、エトナさんだったらいい加減なこと書かないもんね。でもこのコラムは国民を楽しませるためにあるんでしょ?」
「エトナの記事も十分楽しめるし、ていうか楽しませるんじゃなくて身近に感じてもらうためのコラム欄だし」
「まあ、もうちょっと楽しませてちょうだいよ。わたしもレヴィ兄と雑談するの楽しいんだから。とにかく仕事しちゃおう、どうせあとで仕事にならなくなっちゃうんだろうしね」
新聞の週一のコラムは、国民に大総統を身近に感じてもらうためにある。けれども、現在この国を守っているその人は、そのままで十分国民に近い人なのだ。