本日のスケジュールも滞りなくこなし、オレはお気に入りの場所に向かっていた。
自室でもない。バーでもない。ただのアパートの一室なのだけれど、とても暖かくて、居心地の良い場所だ。
到着したらまずは呼び鈴を鳴らし、それから勝手にドアを開ける。開くのだから、家主はいるはずで、せっかく土産を持ってきたのだから、オレを追い返すなんてことはできないはずだ。
「こんばんはー! 遊びに来たよ、ニア!」
玄関に足を踏み入れつつ言うと、出迎えたのは呼んでいない方の家人。毎度嫌そうな顔をしている。
「レヴィ、遊びに来る暇なんかどうやって作ってるんだよ。大総統としての職務はどうした」
「よ、ルーファ。仕事ならちゃんとやってるよ。今日も面倒な案件をしっかり片付けてきた」
「それならゆっくり休めよ、自分の部屋で」
「ここの方が落ち着くんだって」
事実を述べてやると、ルーファは深いため息をついた。こいつは、ニアと二人きりの時間を邪魔されるのが嫌なのだ。でも邪魔してやらないと気が済まないのもオレなんだよね。まだニアのこと好きだし。
お馴染みとなったやりとりをしていると、奥からふわりとスパイスの香りがした。と、同時にニアがやっと現れる。
「レヴィ、いらっしゃい。お仕事お疲れ様」
「や、ありがとう。ところでいい匂いだね、今日はカレー?」
「そうだよ。食べてく?」
カレーの匂いというのは不思議なもので、食欲をいい具合に刺激してくれる。まだ夕飯を食べていないこともあって、オレは喜んで相伴にあずかることにした。
ニアが丁寧に盛り付けてくれたカレーライスは、まるで店で出しているもののようで、いつもながら見た目は良い。
「いただきまーす! ……ん?!」
だが、忘れてはいけなかった。この家には頻繁にアーシェやグレイヴ、その他いろいろな人からの食べものの差し入れがある。それはニアもルーファもまともに料理ができないからなのだ。
他の人が作った物ならいい。大抵は美味しいから。だが、たまにニアが作ったとんでもないものが出されることもあるのだった。
「……み、みず、水を……」
「ほら、水」
口の中が熱くて痛い。必死で水を求めたら、予想はできていたとでもいうように、ルーファがすぐに用意してくれた。
オレは水を口に流し込んで、少しのあいだ含んだままにしておいたけれど、口内の刺激はなかなか消えない。このカレーは、辛すぎる。激辛を通り越しているんじゃないだろうか。
「……これ、作ったの、ニアだろ……」
やっとのことで水を飲み込んで、息も絶えだえに言うと、ニアは首を傾げた。
「うん、僕だよ。でも、今日のはうまくできたと思ったんだけど」
「辛すぎる! インフェリア家基準で刺激物を作るな!」
「そんなに辛かった? ルーは普通に食べてくれたけど……」
そう言って、ニアはルーファを見る。オレもつられてそちらに目をやると、少し青くて赤いルーファの顔があった。
オレより前に、このカレーを食べてしまったんだろう。しかもきっと、皿に盛られた分を完食した。この超激辛カレーを、平気なふりをして。
「なんでもなかったの……?」
一応訊いてみた。
「もう慣れたからな」
遠い目をしながらの返事があった。これは慣れていない。ていうか、慣れちゃだめだ。
同じ家で育ったはずの、ニアの妹のイリスは、割とまともに料理ができるし、味覚も正常なのに。どうやったら兄妹間でこんなに差が出るんだろう。
「この辛すぎのカレーは、ニアにはちょうどいいんだね」
「うん。そんなに辛いかなあ」
「辛いよ!」
この味覚、どうにかならないものか。水を飲みながらなんとか皿のカレーを完食し、オレはさっきのルーファくらい深いため息をついた。
今度から、この家のカレーには気をつけよう。せめて、誰が作ったものか把握してから食べるかどうか決めよう。オレはそう誓ったのだった。
カレーだけじゃなく、ニアの料理は万事こんな感じなので、気を付けなければ。
「とりあえず、ごちそうさま。今度は唐辛子や胡椒を控えるように」
「わかった、もうちょっとだけ甘くするよ」
だからってあれに砂糖ぶち込むなんて真似はするなよと願いながら、オレは土産の包みを開ける。ニアには悪いが、口直しをしなければ。
「それじゃ、今日も飲もうか!」
「やった! レヴィの持ってきてくれるお酒、いつも美味しいんだよね」
オレとニアは酒好きだ。二人とも、いろいろな種類を楽しめる。成人してからまずハマったのは、今は首都を離れているパロットさんが作ってくれた果実酒だったっけ。
ルーファはあまり飲めないので、酒盛りをするオレたちにいつも苦笑している。「程々にな」と言いながら止めないのは、ニアの楽しみを邪魔したくないからだ。
乾杯をして、美味いワインを飲む。選りすぐりの品は、ニアに気に入ってもらえたようだった。
「レヴィが持ってきてくれるお酒は、いつもすごく良いよね。何かお礼ができればいいんだけど」
「じゃあ、今度オレとデートしてよ」
「ふざけんなレヴィ。ニアは俺のだ」
いつもどおりの楽しみが、いつもどおりに更けてゆく。こんな日常を守りたいから、オレは大総統の仕事も頑張れるのかもしれない。
でも、やっぱり、カレーは中辛程度にしてほしいな。うん。