光を反して輝く原に、波が立つ。小さくも激しいそれをつくった当人は、雪焼けした肌に白い歯が眩しい――が、爽やかには少し遠い男。
鋭い目と左頬の大きな傷は、映画に登場するわかりやすい悪役のようだ。
「遠目に見ればかっこよく見えないこともないな。特にここでは」
そう言って笑う彼の短い髪は、晴れた空の色をしている。かつての上司で今の友人である人と、どことなく印象が近い。
「着込めばそう寒くもないですよ。アクトさんも、あいつと一緒に滑ってきたらいいのに」
近いけれど、頼れるあの人は絶対にこんな意地悪は言わないので、やはり別人だ。
「おれは嫌です。玄関に近づくだけで寒いのに、外に出たら凍死する」
「ははは、相変わらず大袈裟だなあ」
表現を誇張した覚えは少しもないのだが。
大陸の北に位置する五大国の一つ、ノーザリア。冬は深い雪に抱かれるこの土地は、ディアの生まれ故郷だ。
寒さが大敵であるアクトだが、ここには何度か来ている。自分には解らない「故郷」を相方がせっかく持っているのだから、と寒さを堪えて。
気候は厳しいが、人々は優しい。ディアの人柄を育てたのはこの環境なのだと、すぐに納得できた。
寒いのが苦手なことを揶揄する「北から目線」がときどき鬱陶しいけれど、付き合いが避けられない間柄でそんなことをするのは目の前の青空頭くらいである。
「まだ滑る気か、あいつ。子供たちはとっくに飽きてるのに」
「飽きたのはカイゼラさんでしょう。子供たちは飽きたんじゃなくて、この天気じゃ長く外にいられないんです」
カイゼラ・スターリンズはディアの昔馴染みだ。ディアの養父であるフィリシクラムから引き継いで、この国の軍をまとめている。
何かと世話を焼いてくれるが、余計な一言が付属してくるので、ありがたさを相殺するのが玉に瑕だ。
「ユロウの体調なら大人が見てるんだから、ダイは好きなように遊べばいいのに」
「そうはいかないんでしょう。お兄ちゃんなので」
「そう。面倒だねえ、兄ってのは」
だからそういうことを言うなと。子供は案外、そういうことを聞き逃さないものなのだから。
アクトが睨むと、カイゼラはわざとらしく口を押さえた。
この場にいる人間は、小さな兄弟以外の誰も血の繋がりがない。しかしながら遠慮のなさは血縁のそれに近い……と思う。よくわからないけれど。
温かい家庭、家族の団欒。そんなものは一生得られないだろうと、少年だった頃は思っていた。傷つけられ、それを受け入れ、そうすることでやっと生きてきた人間には、一般的な理想の幸せは重すぎた。
ディアと出逢って、一緒にいることで、幸せを享受するための器を少しずつ作っていくことができた。そうして過ごした日々は、もう15年。器は大きく厚くなった。
外から帰ってきた愛する人が愛する子供たちと戯れる光景なんて、まるで映画のワンシーンのようだけど、これが今のアクトの現実なのだ。
「随分幸せになっちゃったな」
呟きは思ったよりよく響いてしまった。ディアはこちらを向き、外から戻ってきた格好のまま、つまり冷えきったスキーウェアを着たままで近づいてきた。
「一人で浸るなよ。お前の幸せは俺のだ」
「何その暴論……ちょっと冷たい、寒い! 覆い被さるな、馬鹿!」
「父さん、人前でやめなよ。恥ずかしい」
「着替えた方があったかいよ、おとーさん」
賑やかになる中、抵抗しながら見たディアの目は、カイゼラを睨んでいた。なんだ、嫉妬か。さっきまで自分はスキー板と仲良くしてたくせに。
ディアも両親と兄姉を亡くし、血の繋がった家族はもういない。フィリシクラムの存在と、家族に愛された記憶があることが、彼の救いだった。
知らない人にはなかなか信じてもらえないが、実は愛情深く優しいのは、きっとそのせいだ。
そんな人に出逢えて、一緒にいられる。これ以上の幸せはないだろうと思っていたら、次から次へと優しい人が周りに増えていく。
寒さの象徴みたいな雪原を、素直に綺麗だと思える。
「あたたかそうですね」
やはり少しからかうように、カイゼラが言う。
「おかげさまで」
目を細めて言い返した。