「オルヘスターが死んだそうです」
旧第三資料室に私を呼び出し、大総統補佐大将ルーク・ルフェスタは告げた。
わざわざ互いに逃げ場のない、狭く陰気な場所を選んだのは、私への配慮か。それとも彼に絶対の自信があるのだろうか。
ここで話すことは誰にも聞かれない。二人とも他言しなければ、あるいは、どちらかが今死んでも。最大の懸念が消えたために、秘密は永遠に守られる。
「死因は」
「胸を刺されたことによる失血性ショックです」
どうでもいいことを聞いてしまった。しかしなるほど、いつかはそんな日が来るだろうと予想していた通りの最後だ。
「どこにでも首を突っ込んでいたからな、恨まれていたんだろう」
「いえ、怨恨ではありません。制止のためやむをえず、というところです」
その表現は耳慣れたものだ。だが、あの男に使われることになろうとは。思わず笑いそうになり、咳払いで誤魔化した。
「やったのは誰だ」
「フォース大尉です。彼のことはご存知ですか」
「……ああ、あれだろう。銀髪の生っ白いの。しかしあれは銃を使うのでは」
「普段はそうですね。現場が障害物の多い場所のようですから、行動を共にしていた者にでも借りたのでしょう」
先程からはっきりと言わない部分があるということは、まだ正確な報告が上がってきていないのだ。私には先に知らせておこうという彼の考えなのだろう。
「遺品の処分はどうします」
「あるのか、そんなもの。あの男に」
「可能性がなくはないので」
念の為ということか。ルフェスタは大総統に忠誠を誓っているくせに、こちらへの手回しを欠かさない。
あの男に初めて接触したときから、私たちの関係は変わっていないらしい。

キース・オルヘスターは探偵を自称していた。貴族家や企業の重役を顧客に持ち、身元調査の手際は軍も舌を巻く程だった。
彼に協力を依頼して解決した案件もいくつかあり、私たちはそうして知り合った。
「変装が得意だと聞いた」
初対面でそう切り出した私に、彼は目を細めて応えた。
「ええ、他人を演じるのは得意です。ただ姿を変えるだけではなく、その人物を精巧に作り上げます。実在しない人物を、あたかもこの世界に生を受けて育ってきたように見せることもできますよ」
あまりやりませんけれど、と彼は言ったが、私はその技術が欲しかった。
彼に近づいたのはたしかに捜査協力依頼が目的だったが、単に誰かを調べてもらうのではない。集団に入り込んで、その内情を報告してもらうことが仕事だ。
「つまりスパイですね。軍の方が一個人にそんなことを頼むなんて」
「ああ、本来ならこんなことはしたくない」
「軍内の立場でもかかってるんですか。出し抜かなければならない方がいらっしゃるとか。それとも調査対象が軍の方なんですか」
「余計なことは知らなくていい。受けるのか、受けないのか」
こちらが苛立つほど、彼は楽しそうに笑った。人の感情が動くのが余程面白いらしい。
依頼料と経費をいただきます、という彼の返事から、私たちの関係が始まった。
私は度々彼に潜入を依頼し、自らの手柄をあげた。変装の技術は見事なもので、ほぼ全ての仕事で正体を隠し通した。必要であれば彼自身も手駒を揃えて動かし、情報の漏洩がないように適切な処理をした。
ルフェスタは「それが最終的に解決に繋がるのであれば」と、私がオルヘスターに依頼をするのを認めていた。軍内には協力を仰いだ記録が堂々と残っている。
軍の人間に関して得た情報だけは秘密のまま。

オルヘスターをいっそ軍に正式に登用しては、という話もあった。かなりの高待遇を用意して交渉したが、一笑して断られた。
「これから大切な仕事があるので、そのお話はお断りさせていただきます。私のクライアントはあなた方だけではないんですよ」
それに組織の人間になると人生が面白くなくなるので。
付け加えたそれこそが、彼の本音であったかもしれない。
それから彼には会っていなかった。連絡がつかなくなり、事務所として使っていた場所からも姿を消した。
ルフェスタからその名前を聞いたのは、本当に久しぶりだった。

数日後。オルヘスターは軍の協力者から一転、極悪人の扱いを受けていた。彼が探偵として受けていた依頼のいくつか――少なくとも二件は罪に問われるものだということが判明した。
そこに関わっていたのが、彼を死に至らしめたフォース大尉だった。オルヘスターは人を使い、彼の家族を二度にわたり襲撃させている。
果たして本当に怨恨ではなかったのか。ルフェスタに尋ねたかったが、口を噤むことにしたようで、あれから何も言ってこない。
先日の件の責任者がインフェリア大佐だったからというのもあるだろう。奴は曲がりなりにも軍家の人間であり、大総統のお気に入りだ。
「運が悪かったな」
彼も、私も。彼に接触していたという点で、今後はこちらも追及されることになる。処分はなくとも、周囲の評価は変わるだろう。
どうせ変わるのなら、私も彼のように遊んでみようか。この場を掻き乱して、混乱の中で姿を消す。それはなかなか愉快なことに思えた。
そうか、と口元が緩む。
私はきっと、彼に憧れた。憧れるほどに、あんなにも他人に媚びへつらい、危険に身を投じることを当然として、誰かの駒になることをよしとする、そんな環境に辟易していたのだ。
オルヘスターは共同墓地に葬られた。最終的に有象無象と一緒くたにされ、誰にも思い出されることなく存在が消えていく。それならば。