昇る太陽は金色に輝き、この大陸に希望の光をもたらす。東の方から徐々に目覚めていき、ここに生きる人々の新たな一年が始まる。
 大陸の中央を占めるエルニーニャ王国。その王宮ではまだ暗いうちから準備が進められ、来光とともに花火が打ち鳴らされる。
 そして高らかに力強く、獅子が吼える。
「全体――進めっ!!」
 毎年恒例の、新年の王宮パレードが動き出す。

 日付が変わり年が明ける瞬間を、グリンは未だに見たことがない。その頃には夢の中であり、朝には早起きをしなければならないのだ。
「ばあちゃん、じいちゃん、新年おめでとう!」
 しっかり寝たので、まだ陽の昇らない早朝でもグリンはとても元気だ。既に温かい紅茶をお供に寛いでいた祖父母が、跳びつく孫を抱きとめる。
「おめでとう、グリン。良い夢は見られたかしら」
「覚えてないけど、多分良い夢だった」
「今年も元気でいような。ほら、グリンの分のお茶だ」
「ありがとう、じいちゃん」
 蜂蜜とミルクをたっぷり入れた紅茶を飲んでいる間に、祖母は新しい服を用意してくれる。温まったらそれを着て、大通りへと出かけるのだ。
 父とは現地で合流することになっている。昨夜も仕事に行っていたので、そうした方が楽なのだった。
 グリンが生まれてからずっと、年が明けた日には繰り返してきた行事。正確には母が王宮近衛兵になってから。大通りを行進する王宮パレードを必ず見に行くのが、グリンの家の決まりとなっている。
 パレードの先頭には、王宮近衛兵団の副団長が立つ。そうして号令をかけるのだった。なぜ副団長の仕事なのかというと、団長は女王その人だからだ。彼女は王と共にいなければならない。
 パレードを導く王宮近衛兵副団長こそが、グリンの母であるイリスだ。その勇姿を見に行くために、グリンは早寝早起きをするのである。

 花火の音と共に響き渡る号令が「獅子姫の咆哮」と呼ばれるようになってから、今回は十年目のパレードだ。イリスが副団長に就任してからというもの、王宮近衛兵の人気はさらに上昇した。
 よく通る声は軍で鍛えられた。女性でありながら紳士のような振る舞いは好評。王宮への注目度を高めるために女王に雇われたのでは、と噂をされるほどだ。
 しかし実際のイリスは、大通りの沿道に可愛い我が子の姿を探すことを忘れない、一児の母である。新年早々の労働を厭わないのも息子のためだ。
「副団長、第一部隊点呼完了しました」
「第二部隊も完了しました。異常ありません」
「ありがとう。それじゃ、その場で待機して。時間になったら指示するから」
 そして部下である王宮近衛兵たちは、イリスの笑顔が目当てで新年の勤めに出る。もちろん全員がそうというわけではないが、パレードに意欲的な者は明らかに増えた。
「そろそろ日の出か。花火点火の準備して」
 太陽が昇ったら、今年も出発だ。待ち望まれた咆哮とともに。

 グリンが得をしていると思うのは、たとえ沿道が混んできていて前に出られなくても、パレードを見逃すことはないということだ。
 祖父は体が大きくがっしりしている。グリンを肩車することなど朝飯前なのだった。
「どうだ、グリン。見えるか?」
「よく見えるよ! 母さん、まだかなあ」
 ようやく空が明るくなってきた頃だ。そろそろ花火が打ち上がるだろう。パレードは王宮を出発し、首都レジーナの広い道を練り歩く。
 一際強い光が遠くの山間から射して、ついに合図が空に響いた。
 グリンはそわそわして、いつもパレードが歩いてくる方へ目を向ける。待っていると、鼓笛隊の奏でるリズムが聞こえてきた。
 やがて見えてきたのは、パレードの先頭。王宮近衛兵の制服に身を包み、凛々しく前を向く母の姿。
「あ、ちょうど来たところだね。間に合った」
「父さん、お疲れ様!」
 仕事を終えた父も到着し、ようやくグリンの一年が始まる。
「全体、敬礼!」
 イリスの号令で、近衛兵たちが一斉に右手を額に添える。国民に敬意を払いながら、パレードは進む。
 こっそりこちらに笑いかける母と目が合った。グリンはにんまりと返し、獅子の後ろ姿を見送る。
 新しい一年の始まりだ。