それはとても不思議な光景。
私のいる日常では、決して見ることのできないもの。
「なんで…」
大きな部屋に、テーブルと椅子。
優しく笑っているのは…お父さん。
「どうしたんだい?こっちに来なさい、リア」
昔とちっとも変わらない、私を呼ぶ声。
「お姉ちゃん、座って」
「早くしないと始められないよ」
私の手を引っ張るのは、エレナとミーナ。
それから、
「さぁ、準備ができたわよ」
後ろに立っているのは、お母さん。
私たち姉妹が大好きだったアップルパイを持って、微笑んでる。
「これは…どういうこと?」
「何言ってるの、お姉ちゃん」
「今日はお姉ちゃんの誕生日でしょう」
そうだ、今日は四月四日。私の誕生日。
でも、どうして…
どうしてこんなことになってるの?
「リアさん、大丈夫ですか?」
ラディアちゃんの声で、私は自分がボーっとしていたことに気づく。
ううん、もしかしたら居眠りしていたのかもしれない。
どちらかよくわからないけれど、ラディアちゃんに心配をかけてしまったのは確かのようだ。
「大丈夫よ、ボーっとしてただけだから…」
「風邪でも引きました?気をつけてくださいね」
なんかあったら俺のところに来てください、とカイ君が笑顔で声をかけてくれる。
仲間の存在ってありがたい。言葉だけで元気になれる。
そう思ったところで、私は「仲間」の一人が欠けていることに気づいた。
「グレンさんは?」
「さっきカスケードさんに呼ばれてどこか行きました」
「そう…」
それはそんなに珍しいことじゃない。むしろ頻繁に起こっていること。
だから、不安になる要素なんて何一つ持っていないはずなのに。
私は…気になってしょうがなかった。
さっきの夢だか想像だかわからないもののせいだろうか。
現実に起こりえないものを見て、混乱しているだけ。
「ねぇ、ラディアちゃん…今日って何日だっけ」
「わかりませーん。カイさんわかります?」
「んー…あれ?俺もど忘れしちゃったな。どうしてですか?」
「ううん、なんでもないの」
今日って、本当に四月四日だったっけ。
本当に私の誕生日だったっけ。
「リアさん、ちょっと疲れてるんですよー」
「もうちょっとここにいた方が良いですね」
疲れてる?
おかしいな、昨夜は十分に睡眠をとったはず。
それに、最近は大きな事件もないし…
「…あ、そうだ」
電話をかけてみよう。気を紛らわすために。
ラディアちゃんやカイ君と話すのもいいけれど、たまには違う人…
…そう、普段あまり話さない人がいい。
「電話かけてくるね」
「え、誰にですか?」
「内緒よ」
「もうちょっと休んでからの方がいいんじゃないですか?」
どうしたんだろう。カイ君ってば妙に私を引き止めたがる。
ラディアちゃんを見る。どうやらカイ君の意見に賛成みたい。
電話は後にしたほうがよさそうだ。
「わかったわ、もう少し休んでからにする」
私の台詞にカイ君とラディアちゃんはホッとしたようだった。
不思議に思いながら、私はたちかけた席に再び着く。
あ、また見える。
お父さんとお母さん、エレナとミーナも…皆席について、私に笑いかけてる。
「お姉ちゃん、これあげる」
エレナとミーナが箱を差し出す。
私はこの箱に見覚えがあった。
急かされて開けてみると、中には…
「ペンダント…?」
それは明らかに昔同じようにプレゼントされたもの。
「じゃあ次はお母さんが…」
まさか、今度は。
「あなた、それ欲しいって言ってたでしょう?」
白いポーチだった。これもあの時貰ったもの。
もしかして、これって。
「じゃあ、お父さんからも…」
待って、お父さん。
窓の外に、誰かいるよ。
こっちに来るよ…!
ガシャーンッ!
「あー…やっちゃったよ。リアさん、ラディア、破片そっちにいったらごめん」
気がついたら、床にガラスが散らばっていた。
カイ君が薬のビンを落としたらしく、ラディアちゃんがドジですねーなんて言って笑っている。
私は笑えなかった。
あまりにもタイミングが合いすぎて、怖かった。
あの日の記憶がよみがえってくる。私の中で、一番辛い日のことが。
「もう…大丈夫だと思ってたのに…」
だって、もう解決したんだよ。
お父さんは生きていて、犯してしまった罪をちゃんと償ってる。
エレナとミーナはおばあちゃんの家にいる。
お母さんはもう…帰ってこない。
わかっているのに、なんであんなものを見てしまうの?
今日が四月四日だから?
「リアさん、どうしたんですか?」
ラディアちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「顔青いですよ。やっぱり今ので驚かせてしまいました?」
カイ君が申し訳なさそうに言う。
やっぱり私は疲れてるのかもしれない。迷惑かけないように、今日はもう帰った方がいい。
「私、あまり具合が良くないみたいだから帰って休むね。早退することはちゃんと言ってから行くから、大丈夫よ」
「リアさん、私ついていきましょうか?」
「ラディアちゃんはここにいて。本当に大丈夫だから」
あ、矛盾してる。具合悪いのに大丈夫って。
でも、これ以上迷惑はかけられない。
私はドアへ歩いていき、ドアノブに手を伸ばした。
伸ばしただけで、触れていなかった。
なのに、ドアは開いた。
「リア…どうした?」
「…グレンさん」
視界に銀髪。急に目の前に立っていたから、びっくりしたようだった。
それは私も同じで、一瞬動けなくなった。
「リアさん、具合悪いみたいなんです」
「そうなのか?…じゃあそう伝えておく」
グレンさんがドアから離れようとして、私はあわてて呼び止めた。
「あ、早退届は自分で何とかしますから大丈夫ですよ」
「いや、そうじゃないんだ」
そうじゃない?じゃあ、何?
それ以外に「伝えておく」ことって…
「本当は第三休憩室にリアを連れて行く予定だったんだ。具合が悪いなら場所と時間を変更しなければならないだろう」
「…どうして?」
第三休憩室はいつも私たちが集まる場所。
だけど、そこで何があるんだろう。
答えはすぐに明かされた。
具合は大丈夫です、と言ったら、連れて行ってもらえた。
第三休憩室の扉を開けると、そこに待っていたのは、
「………!」
紙テープの吹雪と、皆の笑顔。
それから、
「誕生日おめでとう、リア」
「皆で計画してたんです、リアさんの誕生日を祝おうって」
「リアさんが楽しい気持ちになれるように、たくさん考えたんですよー」
温かい言葉たち。
私はきっと、まだ怖かったんだ。
誕生日が悲しい日になることを恐れてて、だからあんな白昼夢を見た。
だけど…
「暗い気分なんか、どこかにいっちゃった…!」
この涙は悲しいからじゃなく、嬉しいから。
私はもう、怖くなんかない。
だって、皆がいるんだから。
「リアちゃん」
「カスケードさん…これ、あなたが企画してくれたんですか?」
「いや、皆で。提案しようと思ったらみんな同じ事考えてたんだよ」
あの日のことをよく知っているカスケードさんだけじゃなく、あまり知らない皆まで。
私のために、こんなに素敵なことを。
「愛されてるな、リアちゃん」
「…そうですね」
怖くなっても、皆がいる。
こうやって、私と一緒にいてくれる。
私は本当に幸せだ。
「あ、あの、マクラミーさん…」
「どうしたんですか、リーガル少佐?」
「こ、これ…あの…う、受け取ってくれますか…?」
「はい、もちろん。ありがとうございます」
皆がいて、私の居場所があって、これからもずっと…。
もしもし…おばあちゃん?元気?
エレナとミーナは?
…ちょっと話したくなったの。
あぁ、覚えててくれたの?ありがとう。
…うん。大丈夫よ。全然平気。
だって、皆がいるから…私、とても幸せなの。