光の射さない地下で、僕はまどろむ。
細胞の結合を保つため、身体は冷たい液体の中。
こんな状態でも夢を見てしまうのは、忌まわしい記憶の所為だ。
初めに、真っ暗な世界が見える。
どこまでいっても同じ景色が続いて、終わりも始まりもない。
一人立っている僕に、何かが語りかけた。
姿は見えない。言葉だけが揺れている。
僕の名前を数回唱え、その後に言う。
「逃げて」
その言葉が聞こえた時、暗闇は急に明るくなる。
真っ赤な光に包まれる。
迫ってくる赤は、僕に、
いや、僕の記憶に恐怖を与える。
取り囲む炎と、充満する毒煙。
気が遠くなりそうなのに、意識が消えない。
恐くて、恐くて、身体が動かない。
記憶は僕を縛り付ける。
こんな記憶、なければいいのに。
赤い光は近付き、僕が思うのは一つ。
もう、おしまいだ。
記憶が流すのは涙。
記憶が呼ぶのは人の名前。
僕が呼ぶなと言っても、記憶は叫び続ける。
あぁ、こんな記憶なんか無ければ良かったのに。
記憶が無ければ、見る事は無かったのに。
炎の向こうから差し出される手と、
吸い込まれそうな海色を、
夢にまで見る事は無かったのに。
記憶はその手をとった。
僕が拒否しても、記憶はそれを求めていた。
温かな手と、優しい言葉が、
記憶を笑顔にした。
僕は笑っていないのに。
笑えないのに。
記憶だけが彼について行った。
僕は炎に取り残された。
彼も、記憶も、楽しそうに笑っている。
僕はそこに居ない。
僕は、記憶じゃない。
僕はニアだけど、ニアじゃない。
君にとってのニアは、記憶。
そうなんでしょう?カスケード。
だから僕を置いていくんでしょう?
そう思うたびに苦しくなるのは何故だろう。
痛みを感じるのは何故だろう。
君を殺さなければいけないのに、
君の手と笑顔を求めていた?
そんなはずはない。
そんなはずは…
目が覚めても周りは闇だった。
僕は思わなければならなかった。
絶対に記憶を消さなければと。
もうあの温もりを思い出さないように。