家族全員揃うのって、やっぱいいよな。
明日はニアも休みみたいだから(ハル情報)、電話で誘って出かけるか。
俺は明日のプランを練りながら、ダイヤルを回した。
『もしもし』
「ニアか?父さんだぞー」
『…何?』
あれ?心なしか声が冷たい気がする…。
いや、そんなのは気のせいだよな。ニアが俺に冷たいわけがない。
「明日家族で出かけないか?イリスも新しい靴買って、外に出たがってるんだよ」
『え…明日はちょっと…』
「休みだろ?たまには家族で過ごさないか?」
『でも…』
「父さんお前がいないと寂しくてさー」
『…だから、明日はダメなんだってば!!』
…あ、れ?なんか電話切れた音が聞こえる。
いや、それよりもさっきの、ニアの反応って。
あれってまさか。
「反抗期かしらね」
可愛い妻が可愛い顔して可愛くないことをさらりと言った。
あのニアに、反抗期…?
「あの子、小さいときはそういうのなかったから。成長の証じゃないの」
「でも、俺はすごいショックを受けた…」
だって、あのニアだぞ?可愛い可愛い俺の息子が、反抗期?
「おとーたん、どったの?」
「イリス、お父さんしょぼーんってなっちゃってるの。なでなでしてあげて?」
「うん。なでなでー」
あぁ、イリス可愛いなぁ。娘っていいなぁ。でもニアも可愛いんだぞ。可愛かったんだぞ。
「…ニアぁぁぁぁ…」
「おとーたん、どったの?」
なんだかこの世の終わりみたいな気さえする。ニアが俺に反抗するなんて。
また「大嫌い」とか言われちゃうんだろうか。そんなこと言われたら、もう立ち直れないな…。
昨夜は、あまりの衝撃に枕を濡らした。その所為か変な夢を見てしまった。
「シィ、ニアが嫁にいく夢を見たんだ」
「…男の子よ?お婿じゃなく?」
「嫁だった」
真っ白なドレス着て、俺に向かって「今までありがとうございました」とか言って。
俺の手の届かない、遠いところへ行ってしまう夢。
「寂しいな…現実では相手にしてもらえないし、夢では嫁にいくし」
「単に今日は用事があっただけ。さっき話したけど、怒ってなかったわよ?」
シィに対しては怒らなかった?じゃあ俺にだけ反抗してるのか?
それとも昨夜はたまたま機嫌が悪かったのか?
「ちょっとニアに電話…」
「ダメよ。今忙しいと思うから」
「何してるんだ?」
「何をしようと、ニアの自由よ。さぁ、朝食にしましょう」
シィはそう言うけれど、俺はニアのことが気になって仕方ない。
朝食もろくに喉を通らなかった。
そんな俺を見かねて、シィはイリスと散歩に行ってくるように提案してくれた。
うん、イリスと遊んで気を紛らわせよう。この子も俺たちの可愛い子どもだもんな。
新しい靴を履いて嬉しそうなイリスと一緒に、俺は馴染みの商店街へ足を運んだ。
外はいい天気だ。商店街も賑わっていて、顔なじみの奴が声をかけてくれる。
いい気分転換になりそうだ。走るイリスが可愛いし。
「あ、おにいたん」
そうか、お兄ちゃんがいたか。良かったなー…って、え?
イリスがそう呼ぶのは一人しかいない。まさかと思って前方を確認すると。
「…あ」
「ニア…」
画材屋から出てくるニアの姿があった。
こんなに気まずくアイスクリームを食べるのは、結婚前にシィとデートした時以来だ。
あの時は大変だったな…シィを泣かせてシェリーちゃんに怒られて。
「用事、あったんじゃないのか?」
恐る恐る聞いてみる。ニアはこっちを見ずに返事をした。
「あるよ。これから…」
声のトーンが昨日に近い。やっぱり俺にだけ反抗期なのか?
「何の用事なんだ?」
「父さんに教えたくない」
うわ、今のはストレートにぐさっと来た。
俺、ニアに何かしたっけな…。
「俺に言えないようなこと、してるのか?」
「そ、そういうわけじゃ…ない…けど」
お、なんか動揺した。もしかして俺が何かしたんじゃなく、ニアが何かしてるのか?
でもニアが悪いことするはずないしな…。俺の子だからとかそういうことじゃなく、軍人だから。
だけど、万が一。誰にも言えないようなことをしてるのなら…。
「ニア、正直に話してくれ。本当に俺に言えないようなことはしていないんだな?」
真剣に確認する。ニアはびっくりしたような顔をして、それから。
「ないってば!ほっといてよ!」
俯いていて表情はよく見えなかった。百エアー硬貨を二枚俺に押し付けて、走って行ってしまう。
あんなに足速くなったのか。…そのうち、追いつけなくなるんだろうか。
ニアとの距離がどんどん広がっていくようで、寂しかった。
「おにーたん、おこったの?」
「あぁ…お父さんが怒らせちゃったのかもな」
アイスクリームが溶けていた。こんなに残して、もったいないぞ。
…あーあ。
ニアが小さい頃は、たくさん写真を撮った。
軍に入ってからだな、急激に枚数が減ったのは。なにしろ寮に入ってしまったら、家にはほとんどいない。
あれから、本当に強くなった。もう一人でどこにだって行けるんだ。
きっともう、俺はいらない。ニアは自分で何でもできるんだから。
アルバムのニアはずっと笑顔のまま。だけど、それ以外の表情だってするんだよな。
俺だって散々親父に反抗したじゃないか。…それを、自分の息子に限ってはないだなんて、よく思えたものだ。
「あなた」
ごめんな、ニア。俺はお前にとって、あまり良くない父親だったのかもな。
「ねぇ、ちょっと」
どうしたらまた、普通に話せるようになるんだろう。十年待つか?…いや、俺がそんなに待てるわけ
「カスケードさんってば!」
「うぉ?!何だ、シィ?」
「さっきから呼んでるのに。ニアが来たわよ」
「え」
何で、今?
昼間、怒って走っていったじゃないか。
居間へ急いだ。確かにそこには、子どもの姿があった。
「…ただいま」
「お邪魔してます」
あぁ、ルーも一緒だったのか。でも、どうして?
俺が訊ねる前に、ニアが頭を下げた。
「父さん、ごめん!あんなに酷いこと言って、逃げちゃって…!」
「あ、あぁ…」
謝りにわざわざ来たのか?でももう夜も遅いし、こんなところまで来る必要は…
「えっと、これ…僕の用事」
そう言ってニアが、包みを差し出す。
四角で、抱えるくらいの大きさはあるけれど、厚さはない。
ニアが渡すこの大きさのものといえば…
「開けてもいいのか?」
「うん」
許可が出たので、丁寧に包装を解く。
…あぁ、やっぱり。
ニアが描いた絵が、額に入れてある。
しかもこれは…
「あんまり父さんに似なかったね…ごめん、上手く描けなくて」
いや、充分すぎるだろう。
技術もあるが、何よりニアの気持ちがこもっていることが一目瞭然だ。
――誕生日おめでとう
父さん、いつもありがとう――
忘れていた。今日が自分の誕生日だったってこと。
これを描いていて、ニアは忙しかったんだな。
「途中で絵の具がなくなったからって買いに行って…帰って来たら泣いてたんですよ。父さんに酷いこと言っちゃったって」
「ルー、それは…」
「そうか、やっぱりな。ありがとう。最高の贈り物だ」
ニアの頭を撫でる。抵抗はなかった。
この子の父親でいられて、本当に良かった。
やっぱりニアは、俺の自慢の息子だ。
「父さん、許してくれるの?」
「許すも許さないも、俺は初めから怒っていないからな」
「あ、じゃあルーと付き合ってるのも許してくれる?」
「あぁ、…あ…あ?」
ちょっと待て。今可愛いニアが何か言わなかったか?
脳裏に昨夜の夢が蘇る。遠くに行ってしまうニアが見える。
「…そういう、ことなんです。ちゃんと仲直りできたら挨拶しようって話になって…」
「へぇ…それいつからなんだ?」
「結構前から…。隠してたとか言えなかったってわけじゃなくて、タイミングの問題で…」
「どっちから?」
「俺からです…」
「あぁ、そうか。いやぁ、さすが薬屋の息子だ。やること早いなぁ」
「いや、まだ何もしてませ」
「させてたまるかぁぁぁあ!!!」
ニアが誕生日を祝ってくれたことは嬉しい。純粋に喜んでいた。
でも、ルーと付き合ってるとか、そんなことは許せない。
なんでかって、そりゃ置いていかれる俺が寂しいからに決まってるだろ!
「ルー、お前今いくつだ!十三だろう!ニアに何かしたら承知しないからな!」
「何もできませんでしたよ!昨日だってタイミングよく電話してくれたせいで」
「しようとしてたのか!何するつもりだったのか言えぇえ!!」
俺とルーが激しい戦いを繰り広げる横で、突如テーブルを力いっぱい叩く音が響いた。
恐る恐る振り向けば、そこには目が座ってるニア。
そうそう、これが本気で怒ったときのニアなんだよな。親友のニアにそっくりだ。うん。
「うるさいよ、二人とも。するとかしないとか、それしか考えられないの?それとルーは余計なこと言おうとしたよね?」
あぁ、ルーが固まってる。そうか、こういうニアを見るのはもしかして初めてなのか。
まだまだ何も知らないくせにうちの子と付き合おうなんて、十年早い。十年経っても許さないけどな。
そんなことを考えながら、俺はニアに土下座していた。もちろんルーも。
うん、やっぱり賑やかでいいよな。こうやっていつまでも楽しく騒げる家族でいたい。
…いられれば、いいなぁ。
「おにーたんたち、なにやってんのー?」
「イリスは見ちゃダメよ。あんまり健全じゃないから」
「けんぜんってなーに?」