あたしは父を知りません。

物心ついたときには、母だけがあたしの親でした。

「エイマル、今日はお客様が来るよ」

お客様って誰でしょう。

母の知り合いの誰かであることは間違いないのだけれど。

「誰?おじいちゃん?」

「おじいちゃんじゃないよ。もうすぐ家に着くって」

祖父じゃないなら…そうか、多分あの人。

あたしがもっと小さい頃から、よくうちに来たおじさん。

遠い北の国から来る、優しいおじさん。

来る時はいつもあたしにお土産を持ってきてくれて、母と語っている。

必ず一晩は泊まっていって、だけど次の日には帰ってしまう。

母が言うには、北の国の偉い人らしい。

 

「久しぶりだね、エイマル」

おじさんは笑ってそう言った。

今日のお土産は毛のふさふさしたねぁーのぬいぐるみで、北国限定のものだった。

あたしはねぁーが好きだから嬉しかった。

「ありがとう、おじさん」

あたしがお礼を言うと、おじさんは嬉しそうな顔をする。

だけどその後ろで、母がちょっと寂しそうな顔をする。

 

あたしは父を知りません。

物心ついたときには、母だけがあたしの親でした。

だけど、父は確かにいたのです。

 

いつになったら明かすの、と彼女は言う。

もしかしたら一生かもな、と彼は言う。

すると彼女はいつもの台詞を吐くのだ。

「エイマルが何も知らないままなんて駄目」

「でも君はまだ話してないんだろう?」

「それはアンタがそういうこと言うから…」

「話したいなら無視して話せばいい。俺はどっちにしろ向こうにいる」

彼はノーザリアの大将だった。まだ就任してあまり経っていない。

彼女はエルニーニャに住んでいた。ここを離れられなかった。

「またしばらくは来られない。半年は離れられないと思う」

「…半年も?」

「だからエイマルには伝えないで欲しい。俺に父親の資格はない」

「子供ができた時点でアンタは父親よ」

子供ができてから、結婚した。だけどすぐに別れた。

一国の軍を統括する立場の人間が、そう外国に行ってはいられない。そんな言い訳をして。

彼女は彼と共に行くつもりだったのだが、彼が反対した。

ここにいなければいけないと言い続け、あの日、離婚届にサインをさせた。

彼女の父に何を言われても聞かなかった。

 

一年も名乗ることのなかった姓は、今や世界中に知られていて。

そしてその血を引いていることを、一人娘は知らないまま。

 

「おじさん、また来てね」

あたしがそう言うとおじさんはあたしを優しく抱きしめる。

温かくて、嬉しくて、父がいたらこんな感じなのだろうかと思う。

「おじさんがお父さんなら良かったのに」

素直にそう言うと、おじさんはいつもこう言う。

「俺が父親になっても、いいことなんてないよ」

どうしてだろう。

あたしは、ただ大好きな人と一緒にいられればいいのに。

それだけで十分なのに。

 

あたしは父を知りません。

だけどいつかきっと知るときが来るでしょう。

そしてそのとき、あたしはエイマル・ダスクタイトをやめるのでしょう。

あたしに流れているもう一つの血を意識するために。

 

でも薄々わかってはいるんです。

あたしはエイマル・ヴィオラセントなのだと。