テーブルの上のおやつをいくつか握り締め、こっそり家を抜け出した。

目的地なんて決めてない。

本当はおにいちゃんのいる中央司令部に行きたいけれど、バス代なんて持っていない。

自分の足で、行けるところまで。

道を覚えることには自信がある。勉強は苦手だけど、身体を使うことなら得意だ。

これはわたし――イリス・インフェリアの、そんな小さな冒険から始まるお話。

 

「う…なんでお店のクッキーは甘いのに、おかあさんが作ると辛いんだろ…」

今日のおやつはクッキーのような食感のおせんべいだと思うことにして、一個目を食べきった。

さて、ここからどっちへ進もうか。目の前の道は二又に分かれている。

こういうときはこれ。持ってきた棒を地面に立てて、倒れた方向へ行く。

この棒はとっても便利で、いざというときの武器にもなるんだから。

でも「人にぶつけちゃいけないよ」っておにいちゃんが言うから、実際に武器にしたことはない。

おにいちゃんの言うことを聞かなきゃ怖い目にあうこともあるから、気をつけなくちゃね。

「…よし、右!」

今回も平和的に利用された棒を回収して、わたしは右の道へ入っていった。

こっちには川があって、たまにおにいちゃんと水遊びをしに来る。

もちろん浅瀬の、流れがゆるいところでね。

この川、真ん中あたりは結構深いんだ。大雨で増水したら、それはもうすごい勢いで流れるらしい。

最近は天気がいいからそんなことはないと思う。ということは、ちょっとくらい水に入っても平気だよね。

わたしは土手をおりて、河川敷を突っ切っていった。

いつもどのあたりで遊んでたんだっけ。でも川底が見えていれば、どこでもいいよね。

そっと手を水に入れてみる。流れる感触が気持ちいい。

ここなら入れそうな気がする。

靴を脱いで、靴下をまるめて、そっと足を川に突っ込んでみる。

…あ、ちょっと深かったかもしれない。滑ったら溺れちゃうかも。

これもおにいちゃんの言っていた注意。だから、わたしは川に入るのをやめた。

足が濡れちゃったから、裸足のまま、靴と靴下を両手に片方ずつ持って河川敷を歩く。

草がちくちくして、くすぐったい。おっと、たまに切り傷ができちゃうから気をつけなきゃ。

川に沿ってさくさくと進んでいくと、人影が見えた。

この河川敷の端には木が植えられていて、わたしもよくそこで涼む。

そうそう、この間来た時はおにいちゃんと一緒にルーにいちゃんもいたの。

ルーにいちゃんは木登りがすっごく上手で、かっこよく木の枝に座ってた。

あれって多分その木だと思うんだけど、その下にその子はいた。

膝を抱えていて、顔はよく見えない。まるで泣いているみたい。

「ねぇ、どうしたの?」

元気のない子は放っておけない。それがわたし、イリス。

早速話しかけてみると、その子は本当に泣いていた。

「…だぁれ?」

「わたし、イリス。君は?」

「リチェ…」

ちょっと顔を上げたリチェは、とっても可愛い女の子だった。

アーシェおねえちゃんの小さい頃って、多分こんな感じだ。

「リチェはどうして泣いてるの?」

「…男の子がね、いじめるの。リチェは泣き虫だからって」

また俯いちゃった。こんなに可愛いリチェをいじめるなんて、その男の子は最低だね。

わたしは優しくて強い人が好きだ。ルーにいちゃんとかレヴィにぃとか、…うちのおにいちゃんとか。

だからそういういじめっ子は許せない。

「じゃあその男の子、わたしがやっつけてあげる!」

「え?!」

リチェはびっくりした後、おろおろしながらまた泣き出した。

「だめだよ…男の子に敵うわけないよ。だって、何人もいるし、ゼン君はケンカも強いし…」

「そのゼンってのがリーダーなの?」

「う、うん…」

だったらリーダー叩けばいいじゃない。それが最短の解決方法。

わたしは持ってた棒を高く振り上げた。これを使うとおにいちゃんに怒られちゃうけど、ちょっとポーズ決めるくらいはいいよね。

「リチェの仇はとってくるよ!そのゼンっての、どこにいるの?」

「えっと…あっちの公園に、秘密基地があるの。そこにみんないると思う」

「わかった!ちょっと行ってくるから、この棒預かってて!」

リチェに大切な棒を託して、わたしは公園に向かった。

公園っていっても、なんだかただの林みたいなんだけど。そういえば中に入ったことはなかったな。

初めて行く場所って、わくわくする。わたしは思い切って、林に足を踏み入れた。

そうしたら。

「誰だ!」

少しも歩かないうちに、木から人が降りてきた。

わたしと同じくらいの年に見える男の子が、三人。

こいつらがリチェをいじめたのか。

「なんだ?この女」

「お前、どこから来たんだよ」

女の子をいきなりお前だなんて、失礼な奴。

でもいきなり暴力は良くないから、わたしは彼らに質問してみることにする。

「ねぇ、ゼンって子がここにいる?」

「は?何でお前がリーダーのこと知ってるんだよ」

「まさかリーダーにホレたのか?」

ばかだなぁ。あんたらみたいなガキは眼中にないよ。

とにかくこの子たちがゼンの子分なのは確かなようだ。

「わたしはゼンを倒しにきたの!呼んで来てよ!」

「リーダーを倒す?女が?」

「バカなこと言うなよ」

「じゃあ試しにあんたたち、わたしの相手してみる?」

「女なんか弱っちくて、勝負にならねーよ」

「帰らないと蹴るぞ!」

とか言いながら、もう蹴ってきてる。

予告なら予告らしく、もっと早くにしなさいよ。

どっちにしろその足、わたしが蹴飛ばし返してやるけど。

迫ってきたすねをかかとで蹴って、一人終了。

「いってぇ!何するんだよ!」

「先に攻撃しようとしたのそっちでしょ」

「チクショー、ぼこぼこにしてやる!」

じゃあわたしは、それ全部蹴り返してあげよう。

わたしの蹴りは現役軍人も怖れるくらいなんだからね!…まぁ、おにいちゃんのことなんだけど。

結局、本当に足一本で残り二人もやっつけちゃった。弱い弱い。

「リーダー、この女強いです!」

「リーダー、来てください!」

涙声で口々に、その呼称が叫ばれる。そうこなくっちゃね。

それに応えるように、また男の子が一人、上から降りてきた。

「強い女ってお前か」

「わたしかも」

「本気でやっていいんだな?」

「その方が蹴り甲斐あるかな」

「…ぶっころす!」

挑発しすぎたかな。これも良くないっておにいちゃんに言われてるんだよね。

ゼンだと思われる彼のパンチを全部避けて、足に蹴りをくれてやる。

これって痛いしよろけるしで、効き目抜群なんだよね。

一度こけたゼンは、また立ち上がって掴みかかってきた。

結構ガッツあるんだね。でもこの体勢、すっごく投げやすいんだよ!

わたしの背負い投げがかっこよく決まったところで、子分たちはぽかんとしていた。

ゼンも背中をさすりながら、こっちを睨んでる。

「…お前、何者なんだよ」

「通りすがりの正義の味方!あんたたち、リチェをいじめたでしょ!」

決まった…。わたしちょっとかっこいい。

おにいちゃんに自慢したいけど、ケンカしたことばれたら怒られちゃうなぁ。

「リチェ?お前、リチェの何なんだよ」

「さっき河川敷で会った。泣いてたからどうしてか訊いたら、あんたたちにいじめられたって」

「いじめてねぇよ」

「嘘つかないの!」

「嘘じゃねぇよ!」

「じゃあなんでリチェは泣いてたのよ」

「知らねぇよ。あいつ、いっつも泣いてるから。…でも変だな」

「何がよ」

訳の分からないことばっかり言うゼンにいらいらしてたから、わたしは投げやりに言った。

だけど後で、もっとちゃんと聞いておけば良かったと後悔した。

「あいつ、今日習い事だから、河川敷なんかに来ないはずだぞ」

このとき、わたしはまだゼンが嘘をついていると思っていた。

こんなの相手にしてられないと思って、河川敷に戻ったら、リチェがいなくなっていた。

棒がそこに転がっていたから、確かにここにいたはずなのに。

 

家に帰ったら、おかあさんに怒られた。

「心配したのよ!黙って家を出ちゃいけません!」

ちょっとした冒険のつもりだったのに。

わたしはがっかりしながらも、今日の出来事について考えていた。

リチェは男の子にいじめられたから泣いていた。

リチェをいじめたはずの男の子は、いじめてなんかいないって言った。

男の子が嘘をついてるとしか、わたしには思えないんだけど。

「それにしてもあのゼンってやつ…」

わたしほどじゃないけど、結構いい動きしてた。

もうちょっと強くなったら再戦してやってもいいかも。

こんなこと思うわたしも、ちょっとかっこいい。

にやけていたら、おかあさんに呼ばれた。晩御飯の準備を手伝う時間だ。

 

次の日、もう一度河川敷に行ってみた。

今度はちゃんとおかあさんに行く場所を言った。はっきりと決まってたから。

今日のおやつは、オレンジパン。シェリーおばさんのところで売ってる、一番人気のパンだ。

ちょっと行儀が悪いけど、もふもふと食べながら河川敷を歩いた。

そしたら、昨日と同じところにリチェの姿を見つけた。

「リチェ!」

「…あ、えっと、イリスちゃん…」

「今日は泣いてないね。良かった良かった」

わたしはリチェの隣に座って、オレンジパンを半分にちぎった。

まだ口をつけていないきれいな半分を、リチェに差し出す。

「おいしいよ。あげる」

「…ありがとう」

リチェはちょっと迷ってから、パンを受け取って、小さくちぎって口に運んだ。お上品だな。

「…あ、おいしい!」

「でしょ?ホットファームってパン屋さんで、人気なんだよ」

「そうなんだ…パン屋さんは知ってるけど、食パン以外のは初めて食べた…」

リチェがふわって笑った。うんうん、やっぱり笑った方がずっと可愛い。

パンを食べながら――といってもわたしはさっさと食べ終わっちゃったんだけど――リチェと色々な話をした。

リチェはわたしと同じ六歳で、学校に行っているらしい。

わたしがおにいちゃんに勉強を教わっていることを知って、びっくりしたみたいだった。

「イリスちゃんは、学校に行かないの?」

「行かないでもなんとかなっちゃうから。うちのおにいちゃん、頭いいし」

「そっか…いいなぁ…」

「学校、いやなの?」

「リチェね、泣き虫だから…学校に行っても、おともだちいないの。テストで百点取らないと、ママに怒られるし…」

「あ、テストはわたしもきらい!勉強サボってたこと、おにいちゃんにばれちゃうから。

…でさ、リチェ。学校にともだちいなくても、ここにいるよ」

わたしは自分の胸を叩いた。ちょっと強く叩きすぎたみたいで、咳き込んでしまった。

そんなわたしを心配してくれながら、リチェはまた笑った。

「ありがとう、イリスちゃん」

「ともだちだからさ、何でも正直に話していいからね!」

「…うん」

ちょっと俯いてから、リチェはまた話を始めた。習い事が厳しくて、やめたいなぁって話だった。

そういえば、ゼンが言ってたな。リチェは昨日、習い事の日だったって。

「…ねぇリチェ、習い事って」

わたしがそう言いかけたときだった。土手の上から、女の人の声が聞こえた。

「リチェ!何をしているの!」

その声に、リチェが竦みあがる。

怖い顔で土手をおりてきた女の人は、リチェの腕を掴んで無理やり立たせた。

「あなた、今日はバイオリンのお稽古の日でしょう?!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ママ…」

ママ?この人、リチェのおかあさん?

確かに似てるかもしれないけれど、リチェはこんなに怖い顔はしない。

「あなたがリチェを連れまわしていたの?!昨日もそうだったのね?!」

怒りがわたしに向いた。

これはやばい状況だ。でも、リチェを見捨てるわけにもいかない。

「ちょっと来なさい!リチェはお稽古よ!」

わたしはリチェと一緒に女の人に連れていかれてしまった。

ずっと泣いているリチェをバイオリン教室に押し込んでから、女の人はわたしをギロッと睨んだ。

「うちのリチェは忙しいの!それなのに昨日も今日も、リチェを無理やり連れまわしてくれたみたいね」

本気で怒ったおとうさんとは、また別の怖さがあるなぁ…。

でもわたしは勇気を出して、リチェのおかあさんに反論した。

「そうじゃなくて、リチェとは偶然会っただけで…」

「嘘をつくんじゃありません!リチェがそう言ったのよ!」

…え?

リチェ、が?

わたしがリチェを、無理やり連れまわしたって?

「昨日はリチェに、木の下にいるようにって命令までしたそうじゃない。全く、どんな教育を受けてるの?」

そんなこと、わたし、言ってない。

棒を預かっててって言ったのを、リチェは誤解しちゃったのかな。

うん、そうだよ。きっとそう。

リチェが嘘なんてつくはずない。

でも、それならなんで、わたしがリチェを連れまわしたことになってるんだろう。

「あなたのお家はどこ?親に抗議させてもらいますからね!…それにしても、なんて気味の悪い目をした子なのかしら」

なんか悲しくなってきた。…強い子は泣かないはずなのに、涙がぼろぼろ出てくる。

なんでこんなことになるの?ねえ、おにいちゃん…!

「ボーっとしてるんじゃねぇ!逃げるぞ!」

「え?」

突然腕を掴まれて、引っ張られた。

後ろでリチェのおかあさんが怒鳴っている。

そして前には、昨日わたしが倒した後姿。

ゼンはわたしを連れて走って、あの秘密基地のある林に入った。

「ふぅ…相変わらずうるせぇな、あのババア」

息を切らしているゼンを、わたしはまだ涙の止まらない目で見ていた。

リチェのおかあさんが言ったことを思い出すと、どんどんあふれ出てくる。

「泣くなよ!俺を倒した女だろ!…ていうか、お前、名前は?」

ゼンの乱暴な言葉に、昨日のわたしなら文句を言い返してたかもしれない。

でも今は、素直に答えた。

「…イリス」

「イリスか。俺はルイゼン・リーゼッタ。…ルイゼンだから、ゼンだ」

「…わたしもフルネームの方がいい?」

「別に。好きなように名乗れよ」

思っていたより、いい奴じゃん。見直したよ、ゼン。

「わたし、イリス・インフェリア」

「インフェリア?!あの軍家の?」

「うん」

「うわ、俺の憧れってこんなのかよ…」

うちに憧れてたのか。おとうさん前大総統だし、無理もないか。

おにいちゃんもかっこいいよって付け加えたいけど、今はそんな余裕ないや。涙を止めるので精一杯。

「あのババアのことは、気にすんなよ」

「…ババアのことは気にしてない。リチェのことが…」

思い出すとまた泣けてくる。手で頬をがしがしと拭きながら、何とか言葉を続けた。

「リチェ…わたしが連れまわしたって嘘ついたのかな…」

「…あぁ、あいつまた嘘ついたのか」

ゼンが溜息をつきながら言った。また、って?

リチェはやっぱり、嘘つきだったの?

「お前は信じないかもしれないけどさ、俺がいじめたっていうのも、あいつの嘘だ。

あいつの親、あんなのだろ?だからああやって嘘ついて、習い事行かない理由にしてたりするんだ」

「なんでそんなこと知ってるのよ」

「家が隣だからな。あいつのことで知らなかったことといったら、お前みたいな友達がいたってことくらいだよ」

ともだち、か。本当にそう思ってくれてるのかな。

だって、ともだちを嘘の材料にするなんて、信じられないよ。

わたしはリチェを初めてできた同い年のともだちだと思った。

一緒にお話して、一緒にお菓子を食べたいと思った。

でも、リチェはそうじゃなかったのかな。

「…こんなことになった後だけどさ、リチェの友達はやめないでくれ」

「え?」

「あいつ、他に友達いないから」

ゼンはどうなのよ、と言おうと思ったけど、それは後にしよう。

今大事なのは、わたしがリチェのともだちでいられるかどうか。

「…やめたくないよ。リチェとともだちでいたい」

「そうか、良かった。あいつのこと妹みたいに思ってるから、心配だったんだ」

「あんたいくつよ」

「リチェの一つ上」

「じゃあわたしの一つ上でもあるんだ」

「マジ?俺年下の女に負けたのかよ…」

ゼンって面白い。わたしより弱いけど。

涙はゼンと話しているうちに止まっていた。こいつに感謝しなくちゃね。

 

翌日も、わたしは河川敷の木の下にいた。

リチェはまだ来ていない。学校かもしれない。

来るかどうかもわからないけれど、待ってみよう。

今日もおやつ、持ってきたよ。リチェが来たら、一緒に食べようと思って。

それから、たくさん話したいこともある。おにいちゃんのこととか。

だから、待ってるよ。晩御飯の仕度をする時間までは、ずっと待ってるから。

来てよ。お願い、リチェ。

「…あ」

リチェと目が合った。

こっちに歩いてこようとするリチェの、ちょっと俯き気味の目と。

その後ろにゼンがいた。そっか、ゼンが連れてきてくれたんだね。

「…あの、リチェ」

「ごめんなさいっ!」

わたしが話しかける前に、リチェは頭を下げた。

頭が取れてしまうんじゃないかってくらいの勢いだった。

「ごめんなさい…リチェが嘘ついたせいで、イリスちゃんも怒られて…本当にごめんなさい」

また、ぼろぼろ泣いて。昨日のわたしとおそろいだ。

「…頭あげなよ、リチェ。それとも、わたしの目が怖かったりする…かな」

「…そんな、こと…」

「いいよ、正直に言って。この赤い目が不気味だって、たまに言われるの。なんでかな、わたしは結構好きなんだけど…」

これが学校に入れなかった理由でもある。面接で先生が嫌な顔をしたから、入学するのを辞めたんだった。

だからリチェが小さな声で「少し、怖い」って言っても、仕方ないって思った。

「じゃあ目は見なくてもいいから、わたしのお話聞いてくれる?」

リチェは頷いてくれた。良かった、聞いてくれるんだね。

「リチェは、嘘をつきたくてついたわけじゃないんだよね。だったら、わたしがリチェのともだちとして、リチェが嘘をつかなくてもいいようにしてあげる」

「…ともだち?」

「うん。ともだちだから、リチェのどんな話だって聞くよ。習い事が辛いとか、おかあさんが厳しいとか、なんでも話してよ。

それでちょっとでもリチェが楽になって、嘘がだんだん減っていけばいいなって思ってる」

「イリスちゃん…リチェのこと、おともだちだと思ってくれてるの?」

リチェが顔を上げた。

わたしの目が怖いはずなのに、しっかりと目を合わせてくれた。

だったら、わたしはそれに答えなきゃいけないよね。

「リチェはわたしの大事なともだちだよ!リチェは、わたしをともだちだと思ってくれる?」

「…リチェ、イリスちゃんとおともだちでいたい!これからも、ずっと、ずっと!」

リチェが走ってくる。わたしはそれをしっかり受け止めて、泣いているリチェの頭を撫でた。

よかった。わたしの気持ち、リチェに通じたみたい。

わたしたち、これからもずっとともだちだよね。

 

たくさん遊んで帰ってきたら、晩御飯の準備が終わっていた。

でも、おかあさんは怒らなかった。次はもう少し早く帰ってきなさいねって、優しく言ってくれた。

多分、おにいちゃんが事情を話してくれたんだと思う。…だっておにいちゃん、今日はどうしてか帰ってきてたから。

「あのね、おにいちゃんが言ってたこと、リチェに言ったの」

辛いことがある人がいて、話を聞いて欲しそうだったら、それを聞いてあげよう。

これはおにいちゃんがともだちと一緒にいるときに、心がけていることだ。

それを教えてもらっていたから、わたしもそうしようって思った。

「そっか。…でももしイリスも辛かったら、その時は僕に言ってね」

「うん!」

ありがとう、おにいちゃん。

やっぱりニアおにいちゃんは、わたしの自慢のおにいちゃんだ。

「それで、何して遊んできたの?」

「あのね、リチェとお喋りしながら、ゼンとたたかったの!」

「こら、ケンカしちゃだめだって」

「う…ごめんなさい」

「なぁ、ゼンって誰だ?」

「父さん、心配しなくてもゼン君は、イリスとはただの友達だよ」

今度リチェの時間があるときに、またたくさん遊ぼう。

もっともっと面白い話と、遊びを考えていくから。

もちろんリチェの話を聞きながら、美味しいお菓子も食べよう。

次はもっともっと、仲良くなろう。