朝起きたその瞬間から、

街を歩いている今現在まで。

嬉しそうな笑みを浮かべ続ける隣と、

目を逸らしたまま笑えない自分。

 

発端は「いつものこと」だ。

映画好きな上司がチケットをくれた。

その日は仕事が入ったとか。

ホラー映画だったら断ろうと思っていたが、そうではないようなので受け取った。

その時から「たまには自分から誘ってみようか」という考えがあったのかもしれない。

チケットを持ち帰って事情を話すと、予想通りの嬉々とした返事。

「グレンさんからデートの話が出るなんて思いませんでしたよ」

昨日から何度も聞いている台詞だ。

「デートじゃない。映画見るくらいでどうしてデートなんだ」

「だってこの映画今評判のラブロマンスですよ」

知らなかった。

ホラーじゃないことを確認しただけだったから。

「やられた…」

「アクトさんがくれたって時点で色々察しましょうよ。

ホラーかどうかしか確かめなかったんじゃないですか?」

「その通りだ」

読まれてしまうとは不覚。

映画館まであと僅か。逃げることは不可能だ。

「仕事で行けなくなったんじゃなくて大して見たくなかったのかもしれませんね。

三ヶ月くらい前に上映してた『ぼくとねぁー』は仕事休んでまで見ようとしてましたから」

「…そうなのか」

どうしてそんなこと知ってるんだと思いつつ、歩き続ける。

向けられる笑顔から目を逸らし、下を向いて。

 

デートだと意識してしまうと、まともにカイの顔を見られない。

心臓が脈打つ音が大きくて、聞こえてしまうかもしれないと不安になる。

そんなことはないとわかってはいるのだが。

「上映時間になっちゃいますね。急ぎましょうか」

いきなりとられた手が熱くなる。

予想してなかった事態に、思考が混乱する。

そうなるまでに、自分はこの男に惹かれているのか。

三年前から、ずっと。

 

「好きなんです、グレンさんのことが」

躊躇いなくあっさり告げられた言葉を、今も覚えている。

何故女性であるリアではなく、同性の自分なのか。

それが不思議だった。

自分自身についても同じだ。

何故同性であるカイなのか。

こんなにも惹かれるのはどうしてなのだろうか。

抱きしめられると落ち着いた。

重なった唇も、嫌じゃなかった。

最初は突き飛ばして拒否したけれど、今は深い口付けも受け入れる。

人を好きになるということは、そう単純なことではない。

「好き」と言われて、「どうして」と言うのは失礼なことなのかもしれない。

その人が「ありのまま全てが好き」と言ってくれるのなら。

だからあれ以来「どうして好きなのか」は尋ねていない。

 

映画館はカップルばかりだった。

こんな所に男二人でいるのは抵抗がある。

しかしカイは気にしていないようだ。

「皆俺たちと同じですね」

そういうことだ。

自分たちもカップルなのだから、気にする必要はない。

異色といえば異色かもしれないけれど。

 

映し出される愛と、

いつのまにか繋いでいた指先から伝わる愛。

離れないよう握り返すと、視線がこちらに向けられた。

驚喜の表情が、恥ずかしくて見れない。

映画に集中しているふりをしてやりすごす。

 

指がしっかりと組まれて、寮まで離れなかった。

優しくて、温かい。

多分、これが惹かれた理由。

注がれる笑顔に、

ほんの僅か、返してみる。

一瞬を見逃さない相手は、体全体で自分の体を包み込んでくれる。

「グレンさん可愛いっ!」

この一言が余計だが。

「…またデートしましょう。今度はいつもみたいに俺が誘います」

こんなに密着していたら、心拍数の上昇に気付かれる。

離れたいのに、離れたくない。

十二センチの身長差が心地良い。

重なって、離れていく唇が名残惜しい。

「カイ」

「何ですか?」

優しい声に、想いを告げる。

嬉しそうな笑顔をまた向けて欲しくて。

いつも返すことはできないけれど。

 

愛してると言ったら、手を離してもらえなかった。