飛行機を降りて、空港で再会し、
目の前に広がったのは白銀の世界。
空気が肌に刺さって、痛い。
「…死ぬほど寒い」
「これくらいじゃ死なねぇって」
「大丈夫ですよ、すぐ慣れます」
年が明けたばかりのノーザリアは、ここ数年に比べると暖かいのだが。
正月に帰って来いというフィリシクラムの手紙で、ディアは故郷に戻ってきた。
ついこの間も来たのだが、その時は事件があってゆっくりできなかった。
それに、アクトがいなかった。
今回は寒がって文句を言いながらも、その大切な人が一緒に来てくれた。
初めて二人で踏む、懐かしい雪。
かつて自分にとって無くてはならないものだった、この季節。
「さすがにエルニーニャと比べりゃ寒いよな…」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
「お前の寒がりは異常だ」
白い息。
周りを見れば、氷柱が並ぶ。
大きな雪だるまがあちこちに作られていて、夕方だというのに子供たちが駆け回る。
「あ、めーよたいしょーだ!」
「ほんとだー!めーよたいしょーのおじちゃんだー!」
こちらに気づいて駆け寄ってきた子供に、フィリシクラムは笑顔で応える。
ノーザリアの名誉大将はやはり有名人で、あらゆる人に大人気のようだ。
「おぉ、元気か?」
「げんきだよー!」
「おじちゃんもあそぼー!」
微笑ましい光景。
まるで孫と祖父だ。
子供たちはフィリシクラムの手をとり、引っ張ろうとする。
しかし、
「あ!」
「ふゆおばけだ!」
ディアを見るなりそう叫びだした。
「あ?」
「おじちゃん、ふゆおばけ怖いよー!」
「こわーいー!」
フィリシクラムの後ろに隠れ、口々にそう言う。
ディアは眉間にシワを寄せるが、アクトには「ふゆおばけ」の意味がわからない。
「ふゆおばけって?」
「顔が怖くて、冬に来るんだよ!」
「お姉ちゃんも隠れないと、食べられちゃうよ!」
「お姉ちゃん」に苦笑しつつも、子供の素直さが愛しい。
「顔が怖いかー…それなら立派なふゆおばけだな」
「んだとコラ」
怖がる子供たちをなだめてから、フィリシクラムの家に向かう。
空気の棘なんか、もう気にならない。
外の寒さとは全く逆。
この土地は人が温かい。
その温かさに触れて、ほんの少し苦しくなる。
「アクトさんは美人だし料理上手だし、バカにはもったいないな」
「うるせぇ」
フィリシクラムの家を訪れたのは、ノーザリア大将カイゼラ・スターリンズ。
そして、
「教えたのは私なのに、私よりできるなんて…」
カイゼラの婚約者であるラシェーニャ。
彼女は先ほどまでアクトにノーザリア料理を教えていたのだが、どうやら立場が逆転したらしい。
「いつの間にか、私がお芋の扱いとか教えてもらってるのよ。ちょっとショックだわ」
「でも、おれも色々教えてもらいましたし…ラシェーニャさんには感謝してます」
賑やかな夕食。
フィリシクラムとカイゼラ、そしてディアはノーザリアの国際情勢について話す。
ラシェーニャとアクトは北国文化についての話に花を咲かせた。
「大将の立場から見ると、この国はやはり危険だ。第三次ノーザリア危機がいつ起こってもおかしくない」
「それを防ぐのがお前の役目だろうが。俺はもう戻らねぇからな」
「あぁ、戻ってくるなよ。私はお前をこれ以上危険な目に合わせたくない」
「オヤジは余計な心配しすぎだ」
第二次ノーザリア危機から四ヶ月が経とうとしていた。
国民は軍に疑いを持ち、一部では軍制度の廃止が叫ばれている。
過去の歴史を持ち出してくる者もある。
「しかし…これも皆国を思ってのことだ。全てを責めるわけにはいかん」
それまで文化などについて話していたラシェーニャとアクトも、黙ってその言葉を聞いていた。
全ては逆説。分裂は国を思ってのこと。
この寒い国の人々は温かい。
だからこそ、だ。
「こんな状態ですが…アクトさんは、この国が好きですか?」
カイゼラが、少し寂しそうに笑った。
アクトは寒いのが嫌いだ。
幼い頃、痛みを辛さに受けた後に残ったのは、いつも寒さだけだったから。
だけどその寒さとは違う。
ノーザリアは寒いけれど、温かい。
「アクト」
「…何?」
「ありがとな」
ディアの言葉に不思議そうな表情をする。
するとすぐに補足が返ってきた。
「ノーザリアが好きかどうか、カイゼラの奴が訊いたろ?
あの時お前、好きだって即答してくれて…俺はすっげぇ嬉しかった」
「…嫌いだなんて言えないだろ、あの場で」
ここには自分を傷つける寒さなんて無い。
だから、「嫌い」なんて言えるはずが無い。
「それに…お前が生まれた国だから。
お前が大事に思ってる国だから…好きとしか言えなかった」
少し照れくさくて、素直な言葉を使えない。
ディアはそれをわかっていて、アクトを抱きしめる。
「素直にならねぇと、朝まで放さねぇからな」
「いいよ、それでも。その方が温かい」
この国が好きだ。
この国の人が好きだ。
だからこそ、逆説。
この国に来てから、少し辛かった。
アクトには、どうしてもできないから。
この国を大切に思う人の子孫を生むことが、できないから。
もしもそれができたなら、きっとフィリシクラムは喜んだだろう。
子供たちと戯れていた時の表情で、孫を可愛がるのだろう。
その子はきっとノーザリアが好きになって、そうしたらこの国ももっと良くなるかもしれなくて。
でも、それは全て不可能なことなのだ。
「…ごめん」
「あ?どうかしたか?」
「…なんでもない」
愛してるから、終わりにしたほうが良いのか。
それを初めて考えた。
でもそんなことは言えない。
全て忘れよう。
もう少し、この温かさに浸っていたい。
だって、あんなに寒いんだから。
「ディア」
「あ?」
「また…連れてきてくれる?」
「…お前が寒がらないならな」