何かの任務の帰り道だった。

その任務自体はたいしたことのないものだった。

しかし、その日見たものはとても悲しく残酷だった。

俺とニアは当時十四歳で、まだまだ頼りなかった。

 

「今日の仕事も楽勝だったな」

カスケードがそう言うと、ニアは少し怒って返した。

「それは僕たちの階級に合わせてくれてるからだよ。調子に乗らないこと」

「ちぇっ…ニアは真面目だよなー」

この会話は最近の流行り…というわけではないが、よく交わされていた。

軍に入って四年、評判もそこそこ上がってくると、どうしても浮き立ってしまう。

ニアはそうならないようにと慎重で、カスケードはやはり少し調子に乗っていた。

「いつ何があるかわからないからね。今のうちからちゃんとしておかないと」

「大丈夫だって。俺とニアなら何とかなる!」

「もー…カスケードは考えなさすぎだよ」

呆れるニアと、とことん能天気なカスケード。

二人はこの後目の当たりにする出来事について、何一つ予想していなかった。

 

大きな家が並ぶ区画に入ると、いつもは静かで上品な通りの筈が

「なんか騒がしいね」

ある家の前で何人かが話している。声からして、楽しそうではない。

「行ってみようぜ」

「え、でも…野次馬はそんなに良い事じゃないよ?」

「ちょっとぐらいいいだろ」

興味津々に近付いていくカスケードのあとを、ニアが渋々ついていく。

人の塊に入って行き、何の躊躇もなく尋ねた。

「何かあったんですか?」

「まぁ、軍人さん!ちょうど良かったわ!」

やはり軍服は目立つ。こんな子供でも軍人扱いされるのだから。

人々の話によると、どうやらこの家の窓ガラスが割られているらしい。

少し前にはとても騒がしかったのだが、今は人の気配さえしないというのだ。

「今軍に連絡しようと思ってたんだけど、ちょうど良かった。君たち、見てきてくれないか?」

軍は人々のためにある。頼まれては断れない。

カスケードがニアに目配せすると、強い瞳で頷いた。

人々が胸をなでおろす中、カスケードは家の敷地内に入っていき、ニアは表札を確認してからそれを追った。

チャイムを鳴らして誰か出て来ないかを確かめるが、反応はない。

「…入ろう」

「そうだね」

ドアの鍵は開いていた。だとすれば、いないはずはない。

この区画に住む人々は裕福で、セキュリティには敏感なはずだ。

「ニア、この家に住んでんの誰?」

カスケードが玄関を見回しながら訊く。

ニアは即座に覚えた名前を言った。

「マクラミーさん一家だよ。両親と娘さんが三人の五人家族だって」

 

思わず声が漏れるほど、家の中は酷い有様だった。

収納場所と思われるところは残さず荒らされ、金品はほとんど奪われているようだった。

二手に分かれて見回ることにしたが、どこを見ても惨状は変わらない。

「…嫌なにおいがする」

ニアが呟いた。それがなんなのかはわからないが、とにかく不快だ。

注意を払いつつ、ドアを開けて居間と思われる場所に足を踏み入れる。

割れた窓から月明かりが入って、部屋を照らしていた。

ニアははっきりと、最も酷い現場を見てしまったのだ。

倒れた人間、広がる血溜まり。

荒らされ、破壊された家具。

そして、

「カスケード、こっちに来て!女の子がいる!」

こちらを呆然と見ている、幼い金髪の少女。

彼女はこの血のにおいの充満した部屋で、生きていた。

そこへ走ってきた足音と、飛び込んでくる声。

「ニア、本当にこんなとこに女の子が…」

カスケードはそこまで言って、惨たらしい光景に一瞬言葉を失った。

血の中に横たわっている女性。子供も二人倒れている。

そしてその中心に、座り込む少女の姿を確認した。

「…あ、ほんとにいた。お前、ここの家のもんか?」

少女は声なく頷いた。

「そうか」

カスケードにはそれ以上何も言えなかった。

どう言葉をかければいいのか、わからなかった。

だって、この光景はあまりにも酷すぎて。

少女の表情は、恐怖も忘れてしまったようで。

迷うカスケードの横を、ニアがすっと通り過ぎた。

黒く汚れた床を全く気にせず、少女に向かって歩く。

「怖かっただろう?」

立ち止まり、少女に手を伸ばす。

優しい声で、語りかける。

「でも、もう大丈夫だからね」

それは、慈愛。

悲しそうで、でも、温かな笑みを浮かべるニア。

「さぁ、僕たちと一緒に行こう。一応病院にもいかないとね」

少女の瞳が涙で満たされ、雫が頬を伝った。

今まで忘れてしまっていた感情が一気に戻ってきたかのように、ニアに抱きつき、声をあげて泣いた。

ニアは彼女を優しく抱きしめ、頭を撫でる。

「カスケード、軍と病院に連絡してくれる?」

「わかった」

カスケードにできることは、それだけだった。

少女に温もりを戻すこともできず、ただ電話を借りて相応の機関へ連絡するだけ。

調子に乗っていた自分が馬鹿みたいだった。

結局、肝心なことは何一つできない。

「人を助ける軍人になるなんて…何言ってんだよ俺…」

通報を終えたあと、マクラミー家に戻ってみた。

ニアはまだ少女に体温を取り戻すべく、彼女を抱きしめていた。

少女はまだ泣きじゃくっていたが、さっきよりもずっと落ち着いたように見える。

ニアは人を助けていた。

その体温に触れることで、自分の体温で包むことで、助けていた。

 

すぐに軍が来て、少女と家族を搬送していった。

母親と思われる女性は、もう助からないだろうということだ。

状況説明と現場検証の手伝いで、カスケードとニアはその場に残された。

一通りの事情を話して現場を見ていると、小さな箱が目に入った。

「これ…」

角が少し傷んでしまっているが、中身はおそらく無事だろう。

この現場のもう一つの生き残りだった。

「ニア、これ…返しに行かないか?」

「返しに?」

「俺にはそれしかできないから…さ」

あの少女は病院で検査を受けたあと、祖母の家に引き取られたことが判明した。

カスケードとニアは二人で祖母宅を訪ね、その箱を渡した。

あの少女に会うことはできなかったが、祖母だという老女は必ず渡すと約束してくれた。

老女に箱を手渡すときに一瞬触れた手が、とても温かかった。

「あの子…幸せになるよね」

「あぁ、絶対だ」

 

それから一年後、少女の名前を入隊試験合格者の中に見たが、カスケードもニアも会おうとはしなかった。

自分たちに会うことで辛い記憶がよみがえるのを避けたかった。

そしてそのまま少女と一度も顔をあわせることなく、ニアは十八歳で逝った。

 

それから月日は流れ、カスケード二十三歳の初夏。

ある任務で、カスケードは少女と再会した。

しかし、あの事件のことは決して口に出すまいと決めた。

それから親しくなっていき、ある時。

「リアちゃんは覚えてないだろうけど、あの時君たちを見つけた軍人は俺とニアだったんだ」

きっかけが真実を語らせた。

何もできなかった自分を思い出し、カスケードは彼女のために動かなければと思った。

ニアはもういない。だから、自分がやるしかない。

悲しみに冷え切った体を、温めよう。