彼らは「英雄」とよばれた。

この国の建国のため、戦った者たち。

後にエルニーニャ軍の要となった者たち。

時が流れ、一つは潰えてしまった。

あとの二つは軍家という誇りを持ち続け、今でも代々軍人を出している。

 

「でもね、ゼウスァートやエストと違って、インフェリアは出自がわかっていないのよ」

 

エルニーニャ王国立レジーナ大学で講師を務める彼女は、こちらを睨みながら言った。

いや、本人は睨んでいるつもりはないのかもしれないが、その真剣な眼差しにブラックはもちろん、カスケードすら耐えられなかったのだ。

「出自が判らないってどういうことだよ」

視線を逸らしながら尋ねるブラックに、その反応待ってました!とばかりに解説を始める大学講師ユーデリッツァ・ハルトライム。

彼女は古代史を専門としているが、この件に関してはそれとは関係なく興味を持っている。

なんでも、これは古代の遺跡や伝説に並ぶ「神秘」なのだという。

「エストとゼウスァートは大陸の外から来た人間の末裔らしいけど、インフェリアだけがわからないの」

「インフェリアも外から来たんじゃないのか?」

「その裏づけが取れないのよ」

ふぅ、と溜息をついてユーデリッツァは資料を取り出す。

束というよりは山と言った方が適切なそれを一瞬で置く彼女にカスケードは驚いたが、ブラックは付き合いが長いこともありなれたものだ。

あまつさえ整理を手伝い始めるほどだから、カスケードは感心してしまった。

「えーと…インフェリア家初代当主ガロット・インフェリアは、岩場で拾われた子だったという記録があるの」

漸く該当する資料を探し当て、インフェリア家の歴史が紐解かれる。

当主であるはずの本人が全く知らない、いや、知ろうとしなかったことが他人によって語られていく。

「他の二つの家はもっと前からの記録がある。けれどもインフェリアだけはこれが始まり」

「ちょっと待て、家名を授けられたのはエルニーニャ建国後だ。それ以前の記録ってのは何の名前もついていないはずだが」

「でも信憑性はあるわよ。エスト家の秘蔵文書…といってもただの日記だけど、そこからエストはわかる。ゼウスァートも同様ね」

「ゼウスァートなんて滅びてんのに、よく見つけたな」

「ハルトライム家舐めんじゃないわよ。あっちが軍家なら、こっちは学者家系だわ」

ユーデリッツァとブラックは、カスケードをよそに勝手に話を進めていく。

当の本人がまったくついていけないなんて。

カスケードは溜息をつきつつ、二人の会話に耳を傾けた。

「インフェリアは突然現れた。そしてエルニーニャでも高い地位に君臨している。その色を代々受け継ぎながら…ね」

「似た色の奴はたまにでてくるんだけど…」

「でもずっとダークブルーの髪に海色の瞳という遺伝子を継がせているのはインフェリアだけでしょう?」

やっとのことで口を挟んでみても、一蹴されて再び自動的に話が進む。

「私はね、インフェリアがもしかするとこの地を支配するために送られた特殊遺伝子じゃないかと思っているのよ」

誰もが予想しえなかった、とんでもない方向へと。

流石にこれにはブラックも言葉を失ったようだ。

「…黒すけ、俺って支配者?」

「知らねーよ。つーかお前なんかに支配されてたまるか。大体な、ユディ…それはお前の管轄じゃねーよな?」

「神秘探求のためにはあらゆる分野に精通してなきゃ駄目でしょう?」

傍らでは不毛な言い争いが始まり、カスケードはふと自分の家について考える。

初代当主ガロットは、それこそ地獄の番人と恐れられるほどの力を有していたという。

そして自分は――親友のおかげだと思っていたが――死の淵から生還するという大技をやってのけた。

さらに我が子は、時折ではあるが強大な力を発揮して、その結果――。

 

力の使いようによっては、ユーデリッツァのいうことは冗談ではすまない。

現に先日の事件は、それを利用されかけたから起こったものだ。

インフェリアの血が持つ本当の意味とは、一体なんなのだろう。

 

「へぇ、そんなことが?」

歴史学者と大総統史教師の語らいを見た感想を報告すると、ハルは興味深げに聞いてくれた。

彼もまた自分の出自に興味を持ち追いかけたことのある人物だ。わかってくれるだろうと思っていた。

「ハルがサーリシェリアの人間で予知能力を持ってるみたいに、インフェリアにも何か特別な能力があるんだろうなってのは自覚してるんだ」

「そうでしょうね。でもそれがどこから来たものかはわからない」

「そうなんだよなぁ…」

人が何かの理由を求めるのは、安心したいからだ。

こじ付けでもいいから理由をつければ、ひとまずは考えることから解放される。

納得のできるものを欲しがり、それがなければ苦しみ続ける。

自己完結でもなんでもいい。とにかく、説明できる何かがあってほしい。

「…こんなのはどうでしょう」

ハルが空想を親に話す子供のような眼で、カスケードを見る。

その口からこぼれたのは、本当に「空想」であったのだけれど。

「インフェリア家初代当主は、実は違う世界の住人だとか」

「なんだよそれ」

「小説とかみたいに、ここじゃないどこか別の世界から落とされたんじゃないかなって思ったんです」

非現実的だが、面白くないわけではない。

カスケードはそれに頷いて、「別の世界」を想像してみようとする。

けれども、大して思いつかなかった。

この世界が自分にとっては全てで、それ以外を考えることなどできない。

単に想像力が欠如しているだけかもしれない。

それでも、この世界が一番大切で愛おしいから…これ以外なんて、考えなくたっていいのではないか。

今まであった辛いことや悲しいことがなかったなら、とても良い世界だっただろうか。

そうとは限らない。今ここでこうしている自分がいなかったかもしれないのだから。

「やっぱり俺、支配者にはなれないな」

「そうですか?この世界を大切だって思うなら、支配者たる資格はあるかもしれませんよ」

「どうかな…」

もしもこの髪と眼が、この世界をこの色に塗りかえるべく創造されたものならば。

自らの繁栄のみを目的に、産み落とされたものならば。

いや、そうでなくてもこの遺伝子が今まで続いていることは、他の誰かがいなければできなかったこと。

たとえ出自が、世界を手中にするためのスタートだったとしても。

誰かがいなければ存在できないのは、確かなこと。

 

「ハル、俺が宇宙人でも仲良くしてくれよ」

「えぇ、それはもちろん。…ボクだけじゃなく、他のみんなも」

 

この先何年経っても、インフェリアだけがその真実を伝えられることがないまま。

どこから来たのかは、神のみぞ知ること。

それが明らかになっても、彼らの生き方が変わることはないのだろうけれど。

 

それを解っていて、世界はこの命をここに宿したのだろうか。