エルニーニャ王国軍中央司令部第三休憩室、いつもの光景。

会話と笑いと紅茶とコーヒー、それから…

「よっしゃフォーカード!」

「甘いな。ストレートフラッシュだ」

「オイコラ、ツキ!お前強すぎだ!」

「ディアさんが弱いんじゃないっすか?オレスリーカードね」

「クライスもそう思う?ちなみに俺はフラッシュです」

「お前らふざけんじゃねぇー!!」

本日のゲームはおなじみポーカー。

カスケードがいつもより調子が良いようで、ツキはいつも通りの強運を見せ付けている。

クライスとカイは無難な線をいき、ディアはおなじみ「バカの川流れ」。

それを見る周りは笑ったり呆れたり。

「学習しないわね、あの人も」

クレインがさらりと言うと、アクトが笑顔で返す。

「だってあいつバカだから」

「んだとコラー!」

「あ、聞こえてた」

紅茶のカップを揺らしながらため息を吐いているのはグレンだ。

カイのはしゃぎようを少し心配しているらしい。

「いい加減にしたらどうだ」

「と言われましても…ただの遊びですから、遊び」

その遊びがちょっとした惨事を巻き起こすとは、このときは思ってもいなかった。

「さて、仕事に戻るかー。今日の晩メシはアクトのとこだよな?」

「うん、準備しておくから」

皆が集まる、ということがこれで確定する。

そうなれば第二ラウンドは当然アリだ。

「なぁ、今度は本気で賭けてみないか?」

強運の申し子ツキが、とんでもない意地悪を言う。

賭けが生計の一部であるツキは慣れているが、他の者はあまり物を賭けたりはしない。

ところが、これが好奇心のなせる業なのか、闘志に火がついたのか、

「望むところだ」

「その方が勝てそうだぜ」

「賭けるもの決めなきゃだな」

「負けられませんね」

全員一致で決定したのであった。

 

禁断の箱が、開かれる。

 

食事終了後、にぎやかな中でさっそくギャンブルが始まった。

「酒を持ってこようかと思ったけど、未成年もいるもんな」

ツキが賭けの対象を考えていると、

「俺から提案がある」

カスケードがにやりと笑った。

「トップは命令権を得るってのはどうだ?拒否権はなし」

「それでいきましょうか」

戦いが始まった。

カードを引く手、見極める眼が昼間とは比べ物にならない。

絶対命令権を賭けての、熾烈な争い。

「ツーペア!」

「同じくツーペア」

「やっぱり今日調子いいな。ストレート!」

「甘い甘い。フルハウスだ」

クライス、カイ、カスケード、ツキが手札を示す。

やはりツキが優勢か。

「不良は?」

「…あー…」

ディアは曖昧に呻き、頭を掻く。

またノーペアかと思われたが、カスケードは彼の異変に気づく。

――不良が不良って呼ばれて怒らないなんて…

そう、いつもの切り返しがないのだ。

ノーペアなら機嫌が悪くなって、即座に「不良って言うんじゃねぇ」と返してくるのだが。

「…まさか…ディア、お前…っ!」

「…そのまさかだ。悪ぃな」

ぱさ、とカードが机の上に。

それは確かに恐ろしい役を作り上げていた。

「…ス…ストレートフラッシュ?!」

「黙ってたのは自分でも信じられなかったからだというのか?!」

ラックは最悪のディアが、ここにきて何かを手に入れたというのか。

本人は曖昧な表情だが、他のメンバーはただただ驚愕。

参加していない者までざわめいた。

「で…どうする?」

「もう一回やるか。とりあえず今はディアの勝ちだろ」

二回戦を始めようと準備をする手が震える。

今のは偶然だと思っても、奇跡としか言いようのないできごとに畏怖している。

「ツキ、お前ストレス溜まってたりとか…」

「最近はわりと解消できてる。今みたいなことが続くことはないさ」

ところが二回戦、三回戦、とやっていっても、ディアは不動だった。

ひたすらにトップに君臨し続けたのだ。

「妙にツイてねぇか…?」

まるで何かに導かれているようだ。

さすがにここまでくると全員が冷や汗を流し始める。

ただ、一人だけは涼しげな表情で食器を片付けていた。

 

そのあとゲーム内容を変えてみたりしたが、結果は変わらなかった。

勝者には規定に基づき、絶対命令権が与えられる。

「つってもなぁ…」

今までの流れがどうにも信じられず、途方にくれる傷の男。

クライスなどは思わずクレインに霊視を頼んだが、特に変わったものは視えないという。

実感できない現実の中、ただ一人は落ち着いて後片付けを終えていた。

「なぁアクト、ディアが何でこうなったかわかるか?」

カスケードがなんとなく尋ねてみる。

もちろん「知らない」という答えが返ってくるであろうことを予想していたのだが、

「なんとなくわかるけど」

長年の相方は、これもお見通しらしかった。

「何でだ?!どういうことだったんだ?!」

「まぁ、落ち着いてよ。そもそも絶対命令権なんか賭けた時点で間違いなんだ」

冷静に語られた言葉は、パンドラの箱の種明かし。

しかしそこに残ったのはあまりにも奇妙な「希望」。

「前におれとディアで同じ事賭けたんだけど、種目がダーツだったのにディアの勝ちだった」

「な…っ?!」

「ダーツと言ったらアクトさんの得意分野じゃ…」

鍵は「絶対命令権を賭ける」というところにあるらしい。

この条件をつけることでディアは無意識のうちに感覚が研ぎ澄まされ、物事がうまくいくようになるというのだ。

「そういうことだから、絶対命令権なんて賭けない方がいいよ」

「…ワカリマシタ」

言葉がカタコトになるほど信じられない衝撃。

結局今回の勝負は

「ツキ、酒持ってくる予定だったっつったよな」

「あぁ…」

「よこせ」

こういうことでカタがついた。

 

それから絶対命令権を賭けることは禁止になった。

ディアをいじめているわけではなく、皆がびっくりして石化するのを防ぐためである。

そしてこの条件がなければディアは最弱なままなのであった。

「何でだよコラぁーっ!」