名前を呼ばれて振り返ると、いつも笑顔があった。

それがどんなに辛い思い出になっても、僕は笑顔を忘れなかった。

 

僕が手先の器用さを自慢できるのは、間違いなく両親の遺伝だ。

手作りのアクセサリーを売って生計が立てられるような、今思えばとてもすごい家に僕は生まれた。

夏だった。風にひまわりが揺れていて、空はとても青かったそうだ。

誰かの側にいて支えられるような人になるように。そんな願いを込めて、両親は僕に名前をくれた。

その名前で呼んでくれた。

「ニア、いい子ね」

「ニア、おいで」

たくさん愛情を貰った。

名前を呼ばれることが嬉しかった。

笑顔を向けてくれることが、嬉しかった。

嬉しかったから、僕も笑顔でいようと思った。

笑顔で、誰かの側にいたいと思った。

ずっと、一緒に。

 

だけど、悲劇は突然だった。

この町で放火事件が何件かあって、軍が見回りを強化していたはずだった。

それなのに。

家が燃えた。家具が燃えた。棚に並ぶアクセサリーも、全部燃えた。

そして、

「お父さん!お母さん!」

咳き込みながら、一生懸命叫んだのに

「ニア、逃げなさい」

一生懸命手を引っ張ったのに

「あなたなら大丈夫」

お父さんとお母さんは、助からなかった。

「大好きなニア、どうか生き延びて」

お父さんが言ったのか、お母さんが言ったのか

それはよくわからないけれど、確かに聞こえた。

そこから段々意識が遠のいて、ぼうっとして、動けなくて。

だけど。

他の誰かの声が聞こえた。

お父さんでもお母さんでもない。

その人は必死で僕に話しかけていた。

僕を抱き上げて、炎から連れ出してくれた。

僕を助けてくれた。

それはとても優しくて、力強かった。

 

僕は、軍人さんに助けられたそうだ。

その人に会いたかったけれど、気がついたときにはもうこの国にはいなかった。

お父さんとお母さんがいなくなってしまったことを聞いて、悲しかった。

でも、僕は生きてる。助けてもらった。

生きていこう。今度は僕が助ける番だ。

今後は僕が、人を助ける軍人になろう。

 

それから、僕は軍人になって。

人を助けられるくらい強くなろうと思って、頑張った。

だけど、一人で頑張ったわけじゃない。

親友がいたから、頑張れた。

「ニア!」

こうして名前を呼んでくれる、大好きな親友。

それがカスケード・インフェリアだった。

訓練はよくサボっていたけど、悪い人じゃない。

ちょっと家族に反発してただけで、本当は誰よりも強い人だった。

海色の眼は、まっすぐだった。

二人で人を助ける軍人を目指した。一緒に歩いた。

彼と一緒ならどこまでも歩ける。

彼と一緒ならきっと、人を助けることができる。

そう思っていた。

彼は僕も助けてくれた。

怖いものから守ってくれて、手を引いて歩いてくれた。

力強い言葉で、僕を励ましてくれた。

僕に笑顔をくれた。

八年間一緒に歩んで、本当に楽しかった。

本当に優しい時間だった。

だから命が終わる時も…悔いはなかった。

…嘘。本当は死にたくなかった。

もっともっとカスケードと一緒に過ごして、たくさん優しい時間を過ごしたかった。

 

もう一度カスケードと会えたとき、悲しかった。

嬉しかったから、辛かった。

せっかく会えたのに、もう二度と優しい時間を過ごせない。

そんな現実を目の当たりにしたら…

大好きな声で拒絶されたら…

痛くて辛くて、悲しくて…。

優しかった思い出を全部断ち切ろうとした。

温かい手も、力強い言葉も、明るい笑顔も、全部消してしまおうと思った。

大剣を握り締めて、何も考えないように振るった。

だけど…

どうしても消せなかった。

思い出が、消させなかった。

結局迎えた結末は…悲劇。

でも、カスケードともう一度笑い会えた。

そんな、とても優しい悲劇だった。

温かくて、幸せだった。

昔のように笑いあえた。

それだけで、悔いはなかった。

こんどこそ、カスケードの幸せを願えた。

 

僕の人生は、辛いことがたくさんあったけど。

そんなことに負けないくらい、優しくて温かいものがあった。

ねぇ、後悔してないよ。

今度は僕に守らせて。

僕は人を助ける軍人になれたかどうかわからない。

でも、今度は必ず助けるよ。

今度こそ僕が守るから。

ずっと君の側にいるから。

僕は、ニアだから。