「あなたは今に、この国にとってなくてはならない存在になる」
彼女はそう予言して、この世を去った。
ナターシャ・リヴィスはその小柄な見た目に似合わず、腕利きの軍人だった。
その評判を聞いていたから、その日から彼女と組むように言いつけられていた彼は身を硬くして扉を開けた。
もとより女性は苦手なもののひとつで、ここ数年は会話などほとんどしたことがない。
そんな自分がナターシャと組むという事実を、彼はまだ受け止め切れていなかった。
しかし、彼女はそこにいて彼を待っていた。こちらの心構えがどうであるかなど、まったく気にせずに。
「あなたが私の相棒ね」
そして、どこにでもいる普通の少女のように笑っていた。
巻き毛を揺らして、ナターシャは走り寄ってくる。
苦手な女性であるはずなのに、何故か彼女に対する振る舞いはだんだんと自然なものになっていった。
「フィル、あなた足が速すぎるわ。もう少し私に合わせてくれても良いんじゃない?」
ナターシャは彼の名を縮めて呼ぶ。こんな呼び方をするのは彼女だけだった。
彼に気安く話しかけるなど恐れ多い行為だったのだ。
ナターシャと同じように、彼もまた優秀な軍人であり、多くの尊敬を集めていたのだから。
もっとも、彼自身はそれを意識してはいなかったのだが。
たとえそうでなくても、ナターシャは彼にとって新鮮な存在だった。
「フィル?どうしたの、顔が赤いわよ?」
恋に落ちるのも、無理のないこと。
けれども女性と交際などしたことのなかった彼は、告白もできずにいた。
そんな彼の想いをナターシャはとうに知っており、いつも彼をからかっていた。
「ねぇフィル、あなた私のことが好きなんでしょう」
そう言って無邪気に笑う彼女を、彼はますます好きになっていった。
誰が見ても良きパートナーだった。
仕事上でも、恋人としても。
だが、彼らは結ばれることはなかった。
ナターシャは、彼が勇気を振り絞って申し込んだ結婚の話を断った。
「フィルは私なんかより、もっと素敵な方と結婚して頂戴」
きっと受けてくれると思ったのに、予想外の返答。
言葉はさらにこう続いた。
「フィル、あなたは今に、この国にとってなくてはならない存在になるわ。私はあなたの未来にとって足手まといなのよ」
その意味が、そのときの彼にはわからなかった。
それを理解してしまったのはその数日後。
彼女にどんな顔をして会えばいいのかと悩んでいたところに、一本の電話が入った。
プロポーズを断られたときよりも、いや、そんなものは比べ物にならないほど。
彼の心は砕かれた。
ナターシャは、先天性の病を持っていた。
それを隠し続けて、優秀な軍人として生きてきた。
しかしそれも限界を向かえ、病魔に蝕まれた彼女はとうとう逝ってしまった。
最期に予言を残して。
今彼がこうして一国軍の大将として君臨している事実は、ナターシャの先見に狂いがなかったことを示している。
もちろん、彼女を想って努力を続けてきた彼の功績も。
隣にいない大切な人は、彼の中で確かに生き続けていた。
「ナターシャ、足手まといなんてことは絶対になかったと思うんだよ」
彼女の存在は、彼を強くした。
傍にいてくれれば。もっと長い時間をともに過ごせたら。そんなことを思うこともあるけれど。
ここにいるのが彼女のおかげだということには変わりない。
「ところでナターシャ、私に息子ができたんだ。暴れ者だが、将来は有望だ」
現在、彼にはまた大切な人ができた。
次は自分が、この国にとってなくてはならない存在を育てる番。
真実が知られるようになってくると、息子は確かにノーザリアにとって重要な人物となった。
これからも苦労をかけるだろうが、きっと乗り越えてくれるだろう。
「ほら、応援を兼ねてワカメを持ってきたぞ」
「またワカメかよ!」
今ではその息子も二児の父だ。
実際には他人の子を預かっているだけなのだが、本当の親子と見紛うほどよくやっていると思う。
その子もまた将来有望。フィリシクラムは目を細めて、唯一愛した女性に語りかける。
仕方がないこととはいえ、こんな幸せな光景に君がいないなんてもったいないじゃないか。
まぁ、私が君の分も幸せを感じてやろう。
ナターシャ、私は元気にやってるぞ。
孫が「なくてはならない存在」に成長するまでは、君のところにはいけそうにないよ。