その感触がすぐに終わってしまうことに、嘆いたこともあった。
それはボクの所為だったから、心の中で何度も謝った。
君は「お前の所為じゃない」と言ってくれたけれど、悔悟の念はしばらく消えなかった。
今はもう、元の長さ以上になった君の髪。
ボクが「決心」をしてから何年も経ったんだということを、そのまま表しているみたい。
「髪伸びたね、アーレイド」
結われたブロンドを指でするすると梳く。
君は笑って言う。
「ハルもだろ」
そうして、ボクの赤紫のみつあみに触れる。
それは本当に幸せで、穏やかな時間。
「おかーさーん」
服の裾をひっぱられて振り向くと、レヴィアンスがなにやら浮かない顔をしていた。
「どうしたの?レヴィ」
「大尉がねー、酷いんだよー」
あぁ、いつもの愚痴か。
担当の上司を決めたのはボクだから、ちょっと申し訳ない気もする。
「今日はどうしたの?」
「暑苦しいから髪切れって」
彼のことだから笑顔でさらっと言っちゃったんだろうな、なんて考えながらレヴィアンスの頭を撫でる。
そうだなぁ…確かに髪の量は多いほうかも。
小さい頃に頭を洗ってあげてたら、大きな泡の塊をかぶってるみたいに見えたっけ。
「どうする?切る?」
「やだ」
おまけにこの子は散髪が苦手で、昔髪を切りに行ったら泣き喚いたことがある。
その時はリアさんにお願いして何とかなったけど、どうして髪を切りたがらないんだろう。
「レヴィが嫌なら強制はしないけど、邪魔にならない?」
「ボクはこれが気に入ってるの!ぜぇーったい切らない!」
せめて軽くするくらいは…とも思ったけれど、レヴィアンスは強情だからこれ以上言わないことにした。
拗ねるととことん拗ねるしね。
「おとーさーん」
今度はアーレイドに言うみたいだ。これは明日の仕事が大変になりそうだな。
ボクは洗い物を再開して、背中でアーレイドとレヴィアンスの不満そうな声を聞いていた。
レヴィアンスが自分の部屋に戻った後、コーヒーと紅茶を淹れる。
深夜に近いこの時間が、時にはくつろぎに、時には深刻な会議になる。
今日は良いことに前者だった。
「レヴィのことだけど」
カップをテーブルに置くや否や、アーレイドが話題を出す。
「どうして髪切るの嫌なんだろうな」
散髪が苦手なだけにしては嫌がりすぎじゃないか?
アーレイドの疑問に、ボクも首をかしげる。
「どうしてだろうね…」
「はさみが怖い…ってわけじゃなさそうだよな」
「それは前に本人が否定してたよ。ボクもよくわかんないんだよね」
訊いても「いやなものはいやなんだもん」としか答えてくれないし。
話してくれないなんて、母親としてちょっと寂しいよ。
それはアーレイドも同じみたいで、「オレって当てにならない父親かな」とか呟いていた。
仕事中にカイさんが訪ねてきた。
軍で使用している薬品の一部を任せているため、たまに司令部にくると顔を出してくれる。
その度に仕事や子供の話をしたり、アーレイドをからかったりするのが面白い。
その日の話はこういうものだった。
「ルーファから話聞いたんだけど」
普通の笑顔を見せた。アーレイドをからかう時はにやっと笑うのに。
「何ですか?」
「レヴィは本当に親好きなんだなって」
目を丸くするボクとアーレイドに、カイさんはその話――レヴィアンスの愚痴の詳細を聞かせてくれた。
レヴィアンスがダイ君に髪のことを言われてから、ルーファ君が尋ねたらしい。
言われたとおり髪切るのか?って。
レヴィアンスの答えはもちろん「やだ」。その理由を追究すると、
「お父さんやお母さんと一緒がいいから」
だそうだ。
だから、髪を切る、つまり短くするのは嫌だったんだ。
ボクもアーレイドも髪が長くて、互いにそれが好き。レヴィアンスはそれをわかっている。
レヴィアンスは寂しがりだ。普段は強がってるけど、本当はまだまだ親に甘えたい年のはず。
それなのにボクもアーレイドも忙しくて、かまってあげる時間が少ない。
血が繋がってないってことも、まだ気にしてるんじゃないか。
髪の長さという共通のものを作ることで、繋がりを意識してるのかもしれない。
「そっか…そうなんだ…」
ボクとアーレイドはしばらく顔を見合わせて、多分、同じことを考えていた。
「おかーさん、ごはんっ!」
夕食の時間、レヴィアンスがボクらの部屋に飛び込んできた。
部屋の鍵が開いているときは一緒に夕食をとれるという約束ができている。
もしそうでなければ、レヴィアンスは友達と食堂に行くことになっていた。
今日ボクとアーレイドが早めに部屋に戻ったのは、レヴィアンスと一緒にいたかったから。
あんな話を聞いたら、笑顔が見たくなる。
「今日はハンバーグだよ」
「やったぁ!」
こんなちょっとしたことが、ボクらにもレヴィアンスにも貴重なんだ。
そのことをボクらは忙しさを理由に忘れがちになっていて、レヴィアンスに寂しい思いをさせてしまった。
愛しい赤毛を撫でる。親子の繋がりを大事にしてくれた、長い髪の毛を指で梳く。
成長して、昔よりずっと伸びた君の髪。
ボクらが君と出会ってから八年も経ったんだということを表しているみたい。
「髪伸びたね」
「切りたくないよ」
「まだ切らなくていいよ」
ふわふわの赤い髪を、気がつくとアーレイドも撫でていた。
戸惑いながらも照れて笑うレヴィアンス。
それは本当に幸せで、穏やかな時間。
その感触がいつまでも消えないよう、ボクは願う。
ボクらが守らなければと、強く思う。
君が寂しく思うことのないようにしようと、誓った。