業務の合間に一息つこうと思い、外に出た。
家業を継ぎ、社長というたいそうな肩書きを持っているが、木の上で休む癖は昔と変わらない。
堅苦しい服装も気にせず、幹に足をかける。
普段なら誰にも見られない。ここは会社のものもあまり知らない場所だから。
けれども、今日は違った。
「お宅も休憩ですかい?」
その声は陽気に話しかけてきて、
グレンが振り向くと突然慌てだして、ひたすらに謝罪した。
「いやぁ…まさか社長だとは思わなかったもんで…」
申し訳ないです、と何度も繰り返すのは社員の一人。
社長――つまりグレンとは、あまり面識がない。
彼は、ごく普通の平社員だった。
「もう謝るのは無しです。別に見られて困ることではありませんでしたし…」
「いえ、無礼な言葉を…」
「寧ろ気軽に接してくれた方が楽です。気にしないでください」
社長だからといってあまり恐縮されると、かえって困る。
グレン自身は所詮跡継ぎであり、偉くはないと思っている。
けれども世間はそれを許さない。これが立場というものなのだと思い知った。
そのはずだった。
「気にしないでいいなら、ここにいることを許しちゃくれませんかね」
目の前の男は、この立場になってから出会った他の人々とは少し違ったのだ。
「かまいませんが…」
「あぁ、それとオレに敬語は使わないでください。社長は堂々としてなくっちゃ」
冗談を言うみたいに、彼は言う。
豪快に笑いながら。
「申し遅れました、オレはグライドってもんです」
「こちらも改めて名乗ろう。グレン・フォースです」
「同じ会社にいるのに、おかしなもんですねぇ」
グライドの言うとおりだった。
だから、グレンも笑った。
グライドは休憩時間を利用し、敷地内をうろうろしていたところだった。
一人で考え事ができる場所を探していたのだという。
「考え事…ですか?」
「そんなに深刻なもんじゃないですよ。家族のこと…主に息子のことです」
「息子さんがいらっしゃるんですか?」
グレンにも息子がいる。もっとも血は繋がっていない養子だが。
だからグライドの話は興味深かった。
「とんでもない愚息です。軍人学校に通ってましてね、剣を振り回してますよ」
「軍人を目指してるんですか?」
「かっこいい男になりたいんだそうで。確かにこんな親父見てりゃ、別の道を歩みたいと思うでしょうな」
「そんな…」
グレンは否定の言葉をかけようとした。
しかし、グライドの横顔を見て止める。
台詞の割に、ちっとも後ろめたそうではないのだ。
「オレも昔、軍人を目指したことがあるんですが…結局駄目で。学校も行けなかったし、入隊試験も負傷で脱落。
今はこうして普通の会社員です」
せめて息子には希望通りの道を歩ませたい。グライドはその思いで、貯金をほとんど入学金につぎこんだ。
彼の妻も看護師として働いていて、二人で息子の学費を払っているのだという。
「大変ではないですか?」
「一人息子のためです。軍人になったら全額返せって脅してますがね」
グライドはまた豪快な笑顔を見せる。父親としての貫禄があった。
誇りに満ちた表情を見ていて、気がつけばグレンも口を開いていた。
「俺も軍人でした。相方も軍人で、…きっと息子も軍人になるんじゃないかって、なんとなく思ってます」
「社長も軍出身ですか。中央勤めですかい?」
「はい。その時の話を、息子にはよくするんです」
息子のルーファはそうして育ってきた。両親から軍人時代の話を聞かされ、軍人時代に培った力を見せられ。
今は父であるカイから剣を教わっている。その姿がとても真剣で、楽しそうだった。
「自分たちで大方のことは教えられるので、学校に行かせることはないと思います。
でも…きっと軍人になって、たくさんの仲間を得るんだろうなと思います」
まだルーファが軍人になりたいと言ったわけではない。だから、これは漠然とした予感のようなもの。
だけど、限りなく確信に近い。
グライドはそれをわかってか、頷きながら言った。
「きっと社長の息子さんは、親の背中を見て立派に育ちますよ」
そうだろうか。
そうなら、嬉しい。
自分が誇れる生きかたをしているのか、子供は示してくれる。
「グライドさんの息子さんも、親の背中を見ているからこそ立派にやってるんだと思います」
「ははは…こんな背中でもそう言ってくれるなんて、嬉しい限りです」
子供が大切だから、立派に自分の道を歩んで欲しいから、
だから親は、自分の背中を伸ばして、子供の前を歩く。
いつか追い越されることも、立ち止まらなければならなくなることも知っていて。
その後もずっとずっと歩き続けて欲しいから、誇れるように生きようとする。
反面教師だっていい。子供が歩いていく道を決められるのなら、しばらくは前を歩こう。
背中を見せよう。
「グライドさん、息子さんのお名前は?」
「ホリィです。…社長の息子さんは?」
「ルーファといいます」
いつか会うかもしれない。
二人とも軍人になって、もしかすると同じ任務を負うこともあるかもしれない。
そうなったら…彼らは背筋を伸ばして語ってくれるだろうか。
自分の親の背中を見てきたということを。
そんな未来が実現するよう、今をしっかり生きていこう。
子供に誇れる親であろう。
そうすればきっと、見ていてくれるから。
「長々と話してしまい申し訳ありません」
「こちらこそ。…息子さんに頑張るよう伝えてください」
「もちろんです。社長からの言葉とあれば、伝えないわけにゃいきません」
その日の業務が終わって帰宅し、ルーファの姿を見た。
まだ幼いけれど、そのうち強くなる。そう確信できる。
グレンはルーファを撫でた。これからへの希望を込めて。
「な、何?どうしたの、母さん」
「いや…なんでもないよ」
きっと大丈夫。この子は自分の道をしっかりと歩む。
そのためなら支え続ける。それが親としての役目だ。
「…カイが怪しい薬作るのは見なくていいからな」
「?」